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高嶋PONZZさんによりますお題もの書き2004年09月テーマ企画「走る」参加作品です。
はっ、はっ、はっ――
白い息吐きながら、寒空の下、林のなかを駆ける、駆ける。
俺は、追っていた。同時に逃げてもいた。
追っ手に追われつつ、敵を追っていた。追っ手は人間。俺と俺に力を貸してくれるあいつを捕らえ、研究対象とするためだ。
そして追うのは怪異。残酷でおどろおどろしくて、そしてなにより、ここにいてはいけない存在。
白い息が渦を瞬間作って、後ろへと流れる。
「まだか、まだかっ」
駆けながら、一人呟く。
俺の上空に、見えない煙に隠れていた姿を晒すように、鎖帷子に見を包みクロースを棚引かせながら空を駆ける女性が現れる。枝から枝へ。木々の葉を一つも揺らすことなく、その女性は空を翔ける。
手には槍を持ち、俺と同じく行く先を見つめるその目は厳しく、美しい。
「落ち着きなさい。追っ手は遠くに、敵は近くにあります」
「わかった……」
確かに、敵は近い。その気配が、空気に漂い風となって肌にへばりつく。
頃合だ。
右手に、意識を集中した。
空を翔ける女性が持っている槍と同じ物が形を成して手に納まる。ずしりと重いが、その槍には力があふれていた。
柄には様々なルーンが刻まれ、槍の先端には勝利のルーン。
ゲイルスケグルが持つ槍が、この手に形となって現れる。
ゲイルスケグル――槍の戦――の槍だ。
その槍から力が流れ込む。
下腹部にうなりを上げて生まれる力。背筋を伝い、脳を染め、体を満たす力。
空を翔ける女性の姿が消え、同時に俺/私の姿が変わる。
滾る力を押さえる必要はない。
飛ぶ。
右足の地面への一蹴りが、俺/私の体を空へと飛ばす。
髪が瞬時にして伸び、金色にそまり、ばらばらと着ていた服が紙片になって零れ落ちる。
俺/私は空を翔けていた女性――すなわち、ワルキューレのケイルスケグルになる。
ケイルスケグル。
俺/私は、オーディンに仕え、戦で死ぬ者の魂をアインヘルヤルへと運ぶ死神。
俺/私の目は、重なってから見えるようになった、行く先にいる怪異をしっかりと捕らえていた。
標的は、ケルト神話における怪異、フォモールだ。
世界中の情報が世界中に入り乱れるようになった現在、どの地域にどの神話の怪異が現れる、という常識はもはやない。
西洋に天狗が現れ、東洋にブラックハウンドが現れる時代だ。
フォモールが日本に現れてもおかしくはなく、俺/私が日本で神話違いの敵を相手にしてもおかしくはない。現代は世界中の神話存在がお互いの領分を侵すのをためらうことなく、バベル崩壊以前のように世界を巡るのだ。
そう、俺/私たちのように。
俺/私は走る。髪を棚引かせ、夜風を切り裂きながら。
俺/私は屠る。槍を血で染め、勝利の美酒に酔いながら。
夜空を翔ける。駆ける。