クリエーターズネットワーク(CRE.NE.JP) > もの書き > 企画 > 2004年 >
高嶋PONZZさんによりますお題もの書き2004年10月テーマ企画「月(衛星)」参加作品です。
引越しの手伝いを終え、学校から帰ってくるついでにあちこち歩き回り、帰宅して玄関の前に立ったときには、日も暮れて月が夜空に浮かんでいた。
その月は、向かいの瓦屋根の真上に浮かんでいて、なんとなく、ポートレートを見ているような気分になった。
とても、とても大きな満月。
屋根の上に浮かぶ蒼白の真円はとても綺麗で、僕を捕らえて離さない。
見惚れつづけていると、いつのまにか屋根には人影が現れていた。
その人影も、僕と同じ様に月を眺めているようで、屋根のてっぺんに腰掛けて身動きせずにいる。
しばらくして人影が立ち上がると、するる、と屋根に寄り添う木へ滑るように降りて、向かいの家の門からこちらに近づいてくる。
その正体は女の子だった。白いワンピースを着ていて、おでこがみえるぐらいに短い髪の毛。レンズが大き目の丸メガネが印象的だ。背は、僕の肩ほどであまり大きくない。
「こんばんは」
小首を傾げ、笑顔で挨拶をする。
「こんばんは」
僕は、つられて挨拶をしてしまう。
「私のこと、ずっとみてたでしょ」
女の子は口を開いた手で隠しながらにしし、と笑う。
「月が綺麗だったから。見惚れてた」
頷いて、言葉をつむぐ。自然と口が動いた。
「……そうなの?」
今度は、女の子が言葉に詰まったらしい。きょとん、とメガネの奥の大きな目が幾度か瞬きする。
「うん……僕も屋根に登って、いいかな。あの屋根に登って、月を見てみたいから」
さっきまで女の子がいた屋根を指差して訊いた。
「う、うん」
なにがあったのか。
突然、ころころと変わりそうな表情が消えて、夢を見てるような、不思議な表情に変わると素直に頷いた。
そして、ためらいなしに僕の手を握ってとぼとぼ歩き出す。
僕も抵抗するでもなく自然に手を引かれる。
木の側にくると、女の子は馴れた様子で木に登っていくので、僕も慌てて彼女の後を追おうと木に手をかけた。
木に登るのなんて、ほとんど初めてのようなものだったけど、案外簡単なもので、太い枝に手をかけ節に足をかけ、屋根の上にたどりつく。
瓦がひんやりとしていて気持ちいい。
「こっち……」
女の子が、屋根のてっぺんから僕を呼ぶ。
膝を抱えて月を眺めていた。
「うん」
頷いて、瓦を崩さないように屋根を這い上がり、女の子の隣に座って月を見る。
蒼くて大きくて真ん丸で。
とても綺麗な月だ。想像してた通り、僕に覆い被さるようで。月って小さいはずなのに、そこにいると大きく見えて。
どのくらいの時間が過ぎただろう。
横を見ると、女の子はじ、と僕に大きな瞳を向けていた。
「運命だよね、これって」
「運命?」
「そう、運命。私ときみ、出会う運命だったんだよ。私が大好きなこの月に見惚れたきみと出会ったのは、きっと運命だったんだよ」
女の子は、そう小さく断言した。
「だから、これから私ときみは付き合うの。だってこれは運命なんだもの」
女の子は、僕の肩にこてん、と頭を乗せて。
僕は、不思議な彼女を受け入れ、月を見る。
大きく、丸く、蒼い月だった。