「熊権」

榎野英彦さんによりますお題もの書き2004年11月テーマ企画「クマ」参加作品です。

「熊権」

 ある日、王都のど真ん中に熊が二頭現われた。
 驚き騒ぐ都の人々に向ってその二頭の熊はこう言った。
「やあ、みなさん、僕たちは都を荒らしにきたわけではありません、あなたがたと話し合いに来たのです」
「そうそう、最近僕たちの仲間が、里に出て、猟師たちに撃ち殺されるという事件が相次いでいます、僕たちはこの問題をあなたがたと話し合いに来たのです」
 二頭の熊……ヒグマとツキノワグマは、それぞれゴローとシローと名乗った。
 王国の議会に案内されたゴローとシローは、演台に立つと、居並ぶ王国議会の議員と王様に一礼して、とうとうと、意見を述べ始めた。
 まず、ゴローが、総論を述べた。
 ……山の開発が進み、熊の生域が狭められていること。
 ……天候不順により山の食料が乏しいこと。
 ……熊によって怪我をさせられた人には謝罪するが、それは不幸な事故であったこと。
 ……過去において、人間どうしの争いで死んだ人間の方が、熊に殺された人間よりはるかに多いこと。
 そして次にシローが具体例を挙げて持論を展開した。
「王国の国民を代表する議員の皆さん、そして、賢明なる国王様! 私たち熊は、皆さんが考えているような凶悪な獣ではありません! その証拠は、私ではなく、あなたがた人間の方々が証明しております!
 まず、童謡の『森の熊さん』ですが、確かに、森で少女と出会った熊は、少女の後を追いかけました。しかし、それは、食うためでも危害を与えるためでもありません、少女の落としたイヤリングを返すためでありました。皆さん! ここで考えて下さい、もし、少女と出会ったのが人間の若い男だったときのことを……そして、その若い男が人気の無い森の中で少女の後を追いかけている光景を! その光景の果てにあるものは何でしょうか? レイプ? それとも殺人? どちらにしろそれは明らかに犯罪であります!
 危険なのは……野蛮なのは……熊ではありません! 人間なのです!」
 シローは演台に置かれた水差しからコップに水を注ぎ、それを飲んで喉を潤してから演説を続けた。
「たとえばぬいぐるみであります。街の玩具店に行けば、大小さまざまな熊のぬいぐるみが売られております! もし、熊が、獰猛で野蛮で血に飢えた野獣であり恐怖の対象であるならば、その恐怖の対象を人形にして、子供に与えるでしょうか?
 童謡、そして童話、こういった子供の情操教育のための教材に、かくも多くの熊が登場する理由はなぜでしょうか?
 結論は一つです!
 熊は危険でも凶暴でもないのです!
 あなた方の隣人であり、そして温厚な生き物なのです!
 しかるに、あなた方は猟師に鉄砲を与え、所持を許し、我々を射殺し続けている!
 かくのごとき理不尽な行為は止めていただきたいのです!
 猟師の手から鉄砲を取り上げ、熊を撃つこと、熊を狩ること、熊に危害を加えること、この一切を禁じていただきたいのです!
 特に鉄砲です! この王国が戦乱に巻き込まれたのは、遠い過去の話です!
 平和な日々が続いています! なのに、あなた方はいまだに兵士に鉄砲を持たせている。
 こんな馬鹿な話がありますか? 鉄砲は不必要な品物です! この世から存在を抹消すべき品物を挙げろと言われれば、私は真っ先に鉄砲を挙げるでしょう!
 あれは恐怖の結晶です、何一つ生み出さない、単に奪い去るためにのみ生まれた悪魔の道具なのです!」
 議会で演説を終えた二頭の熊は、そのまま街に出てキャンペーンを始めた。
 街の人々の前でりんごや柿といった果物を食べ、蜂蜜を舐め、自分たちが雑食ではあるが肉は好まないということをアピールして回ったのだ。
 二頭の熊は、あっというまに街のアイドルになった。
 街を歩けば子供達が後を追い、どこに行っても人だかりができた。
 その人気を見ていた議員の中に、熊の人気にあやかるために『人熊親愛議員連盟』を発足させるものが現われた。
 熊の人気は留まるところを知らず『熊愛護協会』や『熊友好協会』などの民間団体も結成され、そういった団体は、一斉に反猟師キャンペーンと銃砲廃絶運動を起し始めた。
 感情というのは恐ろしいものだ。
 この津波のような人々の感情の津波の前で、熊の恐怖や、熊がいかに危険な動物であるか、という冷静な意見はあっという間に叩き潰され、熊に襲われた人間に向って『熊に襲われるなんてよっぽど悪いことをしていたんでしょう』とか『前世で悪行を重ねたからだ』などという理不尽な言葉を浴びせかける者が続出した。
 そして、反猟師運動と銃砲廃絶運動は一気に議会を動かし、猟師は反社会的な職業であるとして非合法化され、軍隊や治安機関が装備していた銃器はすべて廃棄され溶鉱炉で溶かされて農機具に生まれ変わることとなった。
 都の一流ホテルのスィートルームのソファにふんぞり返っていた二頭の熊のところに、愛護協会の女性理事がやってきた。
 街に住む一介の熊のぬいぐるみコレクターだったその女は、愛護協会を立ち上げて一気に名を売り、今や熊評論家としてひっぱりだこの売れっ子タレント並みの扱いを受けていた。
 高級ブランドの既製服のスーツを着たその女は、にこにこ笑いながら熊に言った。
「喜んでください、この国から鉄砲が消えましたよ」
 熊は、不機嫌そうに言った。
「確かに現役装備の鉄砲は消えたけど、博物館とか、そういったところに残ってるじゃない、それに、作り方や、情報も図書館とかにあるんでしょ? 信用ならないなあ、それがあれば作ろうと思えば作れるわけだよ、それじゃあ本当に消えたことにならないよ」
「そうそう、人間はずるがしこいからね、どっかに隠し持ってたりするんだよ、本当に鉄砲が消えたというなら、徹底的に個人の家や学校とか博物館とかそういった場所も捜索して欲しいものだね」
 女性理事はあわててうなずいた。
「わ、わかりました! 議員の方々に働きかけて、完全に銃をこの国から消します!」
 熊は微笑んだ。
「頼んだよ、あなたならできます」
「ええ、この国から銃が消える日……なんて素晴らしいことでしょう……その日が来るまでがんばってください」

 そして一ヶ月ほど過ぎたある日、二頭の熊のところに女性理事が満面の笑みを浮かべてやってきた。
「お喜び下さい! この国から鉄砲が消えました」
 二頭の熊は目を見開いた。
「本当ですか? 一丁残らず? 博物館からも?」
「ええ、鉄砲のみならず製造機械もすべて廃棄し、作り方を書いた本は焼却しました」
 熊は疑り深そうな目つきで言った。
「でも、技術者がいる。本が無くとも作り方を知っている人間がいれば同じことだ」
 女性理事は首を振った。
「その件も大丈夫です! 技術者はすべて国外追放にしました! もはやこの国に鉄砲の作り方を知っている人間はいません、この国は完全に銃を捨てた国になったのです!」
 ヒグマのゴローは立ち上がった。
「信じていいんだね? もう、僕たちは鉄砲で撃たれることは無いんだね」
「ええ、もう、大丈夫です! あなたがたは安全です!」
「そうか……よかった、これで安心だ」
 ゴローはそういうと、無造作に右前足を振った。
 鋭い爪が女性理事の顔面の半分をもぎ取った。
 そして、床に倒れ、声にならない悲鳴を上げている女にのしかかると、喉笛を食いちぎった。 悲鳴が途切れた。
 ゴローは、くちゃくちゃと咀嚼しながら言った
「果物や蜂蜜にいいかげん飽きていたところなんだ、これで安心して肉が食える」
 シローは笑った。
「がっつくなよ、今日から食い放題なんだから」

お題もの書き2004年11月テーマ企画「クマ」



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