最終更新:$Date: 2004/11/23 03:49:15 $

小説の人称と視点

一般に小説は、人称と視点が定まっていないと書けないか、書けても違和感のある文章になります。
この文書は、小説で使われる人称と視点の種類を、小説書き向けに、私なりにまとめた覚え書きです。

このサイトは現在、 wikiベースの資料室に順次移行しています。
こちらの更新はしていません。

小説の人称

人称には一人称二人称三人称の3種類があり、小説では主に一人称か三人称を使います。

人称を決めることにより、地の文の語り口が定まります。
人称は段落単位で変えられますが、頻繁な切り替えは読者の混乱の元となります。

一人称

「俺は〜」「私は〜」というような、主語が一人称のものを指します。
著者・読者ともに語り手へ感情移入しやすいのが特徴で、初めて小説を書く人は一人称で書くことが多いようです。
一人称で書かれた小説としては、夏目漱石の『我が輩は猫である』や、新井素子の著作、神坂一による『スレイヤーズ』などが有名です。

長所は、感情描写がしやすく、語り手への感情移入もさせやすいこと。
短所は、読者が語り手に共感できなかった時に拒絶反応をおこされてしまうかもしれないことと、客観描写がしづらいこと。
読者の感情移入しやすい人物が、悩み考えながら何かをする小説に、向いています。

「語り手=ヒーロー」とするのが一般的ですが、そうでないものも多くあります。
古い例を出すと、シャーロック・ホームズシリーズは、脇役による一人称です。
最近では小説『ラグナロク』で、主役の相棒が語り手となっています。

脇役が語り手となっても、感情移入をさせやすいという一人称の特徴は変わりません。
読者は「尊敬」や「嫉妬」といった語り手の気持ちへ感情移入することになります。

二人称

「あなたは〜」「諸君は〜」と、主語が二人称のものを指します。
読者は、登場人物に語りかけられたかのように感じます。

ゲームブックやハウツー本でよく使われます。
小説中では、手紙や演説の場面で使われることが多いようです。
二人称で書かれた小説として、乙一氏の短編集『さみしさの周波数』収録の「フィルムの中の少女」があります。

読者は、語りかけられている登場人物に強く同調します。
ドキドキ・ハラハラも強く感じるため、じわじわと迫りくる何かを描写するのに向いています。
語る間が無いようなアクション小説などには不向きです。

三人称

「彼女は〜」「太郎は〜」のように、主語が三人称のものを指します。
小説の形式としてはかなり昔からあるようで、ほとんどの商業小説は この三人称で書かれています。
語り手のアクがほとんど出ないため、オールマイティに使える人称です。

三人称では、作中に登場しない人物が語り手になります。
客観的に書かれ、登場人物の主観はまったく入りません。
登場人物になりきって書けないため、慣れないと難しい形式です。

長所は、他の視点ほど読者を選ばないこと。
短所は、他の視点ほど登場人物に感情移入しやすくないこと。
語り手の主観意見を気にせずにいられるので、テンポよく話を進められます。

小説の視点

視点の種類により「誰の心理描写ができるか」が決まります。
視点が定っていない小説は読者を混乱させるだけなので、どの視点で書くのかを、しっかりと意識しておくことが重要です。

小説の視点は、ほとんどが人称を決めた時点で決まります。
どの形式にしようか迷ったら「誰の心理描写をしたいか」「誰に感情移入させたいか」を考えると決めやすいかもしれません。

一人称の視点

一人称の場合、自動的に語り手の視点となり、語り手の見聞きしたこと・思ったこと・感じたことのみが書けます。

物語は「語り手」というフィルタを通して読者に伝わります。
語り手の主観が入るので、語り手の見間違いや勘違い・思い込みなども、事実として読者に伝わります。

二人称の視点

二人称の場合、心理描写はいっさい無く、語り手が語ったことのみを書けます。
すべてが、「語り手の語り」というフィルタを通して読者に伝わります。

三人称の視点

三人称の視点では、登場人物の主観をまったく入れずに、描写します。
「彼がこの物語の主役である」というように、描写の語り口に作者の主観を入れる場合もあります。
何人の心理描写を行うかで、以下の3種類に分けられます。

一つ目は、カメラの視点です。
心理描写はいっさい無く、表面に現れたもののみが書けます。
「彼はいらついている」ではなく「彼はいらついた様子だ」といったような描写になります。
登場人物の感情を直接書けないため、基本的に、淡々と進んでゆく物語になります。

二つ目は、一人の視点です。
カメラの視点に加え、誰か一人の心理描写を書けます。
一人称視点の「俺」を「彼」に変えただけのような感じになります。
当人が見聞きできないことも描写できるのが、一人称視点との違いです。
多く使われる視点です。

最後は、神の視点です。
全ての人物の心理描写ができます。
読者を混乱させないよう心理描写を書き分けるのは、かなり難しいです。
戦記物や群衆劇などに使われるのでしょうか。

まとめ

視点一覧
視点描写範囲向き不向き
一人称語り手の主観葛藤する心理の描写細かい動作の描写
二人称語り手の語り演説・ホラー・伝奇スピーディーな描写
三人称・カメラ物理的に分かるもの推理小説恋愛もの
三人称・一人カメラ+ある一人の心理特になし特になし
三人称・神無制限不明不明

実生活で例えると、三人称はテレビドラマやテレビ中継・ドキュメンタリー、一人称はラジオドラマ、二人称は電話・手紙や選挙演説のようなものです。
読者は物語に対し、三人称では傍観者、一人称では語り手への共感者、二人称では(仮想的な)当事者となります。

終わりに

「誰かが分かりやすく人称について書いてくれたページがあるだろう」と思って探しましたが、見つからなかったので自分で書きました。
読んだ方の役に立てれば幸いです。

間違っているところや、こういう視点もあるよ、このページはあなたの文書よりも分かりやすく書いてあるよ、などのご意見・ご感想も募集しています。
連絡はtenmyo@cre.ne.jpへお願いします。

参考資料

クリエーターズネットワーク>創作小説
掲示板ログ>創作論 LOG 004 桜木隆ニさんが2000年06月09日:11時50分13秒に投稿された「4つの三人称」という記事
三人称について、例を出しての紹介投稿。

小説のようなモノの書き方
文章を小説っぽくする>人称(誰の目を通して書くか)
文章を小説っぽくする>視点(誰の立場で考えるか)
実践的な立場からの、人称・視点の紹介。

LTN娯楽小説翻訳クラブ ウィメンズフィクション部 みもざ翻訳館
小説の視点
かなり詳細に書かれています。ここを知っていたらこの文書も書いていませんでした。
小説の視点をもっと知りたい方は、ぜひ読んでみて下さい。

涼格インダストリィ>文字精錬研究部
3−1.人称の使い方
もの書き向けに、実際の手法を交えて紹介されています。

『さみしさの周波数』著:乙一 出版社:角川書店 ISBN:404425303X
収録されている「フィルムの中の少女」で、二人称が使われています。