『俺とあの子』
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遠くで、玄関のチャイムが鳴っている。
目の前がぼーっとする。半分眠ってるんだか起きてるんだかわかんなねえ程
に曖昧な意識、顔が火照って額ににじんだ汗が気持ち悪い、ちょっと首を動か
そうとするだけで頭の奥がズキズキと割れるように痛い。
「あー」
もうベッドから起き上がるのも億劫で、掛け布団をずり上げて顔半分埋もれ
るように潜り込む。
しばらく時間を置いて、また鳴り響く甲高いチャイムの音。
「うぜえ……」
ってか、こっちはそれどころじゃねぇっつうの。頭は割れそうにいてぇわ、
全身寒気はするわ、熱で意識は朦朧としてるわ、体の節々痛くて動けねえわで。
マジ勘弁してくれよ。
響くチャイムの音、三度目。
きぃんと甲高い音が熱に浮かされた頭に刺さるように響く。
「あーはいはい」
割れるように痛む額を押さえて、やっとこ重い体を起き上がらせてベッドか
ら抜け出す。冷えた空気に触れたせいか這い上がるような悪寒が気持ち悪い。
「っせーな、わかったっつの」
脱ぎ捨てたままのフリースを拾い上げてパジャマの上に羽織り、スリッパを
引っ掛けて冷たい廊下を歩く。
俺、高校一年。何の因果か一人暮らし。
ぶっちゃけると両親は仕事の都合で長期出張中、高校入学したてだった俺は
ついていけないと一人残って新学期早々一人暮らし。気楽といえば気楽かもし
れないが、こんな時はちょっと辛い。
鳴り響くチャイム。
「はいはい、今開けますっての」
こんな時になんだってんだよ、ったく。これが新聞の勧誘だったりしたらた
だじゃおかねえぞ。
ドアを開けた先、見慣れた顔が飛び込んできた。
「こんばんは、山口くん」
「た、竹田さんっ？！」
思わず反射的に背筋が伸びる。さっきまで熱に浮かされてぼやけていた頭が
一瞬で起動した。
俺の目の前、少し緊張した面持ちで見上げる、ほんのり外の寒さで頬を赤く
染めた顔。白いマフラーに顎をうずめて肩に落ちかかる柔らかそうな黒髪が吐
き出した息で微かに揺れる。
竹田明日美。
クラスではどちらかというと物静かなタイプ。学校でも女子グループの中で
行動することがほとんどで、俺もほとんど話したことはない。
いや本音を言うとちょっと話をしたいなと思わなくも無かったりはしたけど。
「ど、どうして竹田さんが？」
自然に聞こうとしつつも声が上ずってるし。
まさか俺が休んだことで何か竹田さんに迷惑をかけたのか？ それとも何か
借りていてうっかり返し忘れたとか、いや、そも竹田さんからものを借りるな
んて俺にはとてもじゃないけどできない芸当だし。
「あ、ううん。その、風邪で寝込んでるっていうから。今日私が日直だったし、
それに英語の宿題とプリントとかも」
「あっ、ごめんっ。わざわざ……そんな、いいのに」
遠慮がちに差し出された手提げ袋を受け取って。
「ごめん、いや、寒いのにわざわざごめん。その、お茶でもいれよっか？！」
正直、熱暴走する頭で思考がパンク寸前に陥ってる。
「え、いいのいいの！ だって風邪で具合悪いのに」
慌てて手を振る竹田さん。
どこか落ち着かない様子で別のビニール袋を差し出す。
「あの、それと……これ」
「え？」
「これ差し入れ……お店で買ってきたのだけど」
白ビニール袋の中、入っていたのはいわゆる温めるだけのレトルトパックの
おかゆ。
「あ」
そして、ふと思い出したように朝から何も腹に入れてない事実に気づく。
「ごめんね、レトルトで。でも、もし食べてなかったらって……」
顔を真っ赤にしてうつむく。
「いや、助かるって！ マジで！ 朝から……その、食べてなかったし！」
とてもじゃないけど飯を作るどころか買いにいくのもキツイ中、正直神の助
けにも等しいつーか、いや色んな意味で女神の助けというか。
「よかった……あの、もし、迷惑でなかったら……私、温めるの、やろうか？」
「え」
俺、夢見てるんじゃねえよな。
「あの……マジで？」
「迷惑、かな」
「全然！」
「うん。じゃあ……お邪魔していい、かな？」
「ど、どうぞ、あのスリッパこれっ、ごめん、散らかっててっ！！」
竹田さんが俺んちに上がってる、歩いてる。
しかもおかゆを持ってきてくれて……
くそう、風邪も引いてみるもんだっ！
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