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Date: Thu, 15 Mar 2007 19:04:20 +0900
From: 藤花 <toukaen@khaki.plala.or.jp>
Subject: [monokaki-ml 00083] 『お嬢様がおかゆを作りにやってきた』
To: monokaki-ml@cre.ne.jp
Message-Id: <45F91A24.8060405@khaki.plala.or.jp>
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『お嬢様がおかゆを作りにやってきた』
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 玄関のチャイムが鳴った。
 明け方に総合感冒薬と頭痛薬を標準量の2倍キめ、ようやく眠れる程度に鈍
った頭が、チャイムに応えるように再びうなりをあげ始める。
「だ……」
 誰だよ、というのも面倒くさかった。セールスマンだか宅配便だか知らない
が、今日は勘弁してくれ。
 もう一度、チャイムが鳴る。ピン、ポーン、と一瞬間の開く鳴らし方。晴菜
だ。ボタンをゆっくりと押し込んで丁寧に放すことで生まれる独特の音紋は、
忙しいセールスマンや粗野な友人どもにはありえないものだった。
 首から上に振動を与えないように、ゆっくりと起き上がる。濡れタオルが額
から落ち、同時に背筋あたりからボキメキと音がした。枕から頭を持ち上げた
だけで脳みそが盛大な抗議をする。無理だ。とてもドアまで辿り着けそうに無
い。ごめん、晴菜。不甲斐ない俺を許してくれ。
 そう心の中で謝ってから、枕元に落ちていた濡れタオルを額に乗せ、俺は再
び布団をひっかぶった。――即座にひきはがされる。ベッド脇に黒いスーツの
屈強そうな男が立っていた。見れば窓ガラスが円形に切り取られ、開け放たれ
ている。
「お嬢様をお待たせするな」男はストレスに弱いウサギなら2、3匹殺せそう
な声音でささやくと、俺を玄関ドアまでひきずっていき、鍵とチェーンを勝手
に外すと、信じられない敏捷さで入ってきた窓から消えた。かわりに、おずお
ずとドアを開き、春の海のような雰囲気の女の子が入ってくる。
「ヒロさん、お体は大丈夫ですか?」
「は、晴菜……」
「お風邪だと聞きまして、お邪魔かと思いましたが参りました。こちら、聖ポ
リアンナ病院の院長先生ですの。あと、こちらがお粥づくりを指導してくださ
る北京名菜本店の特級厨師さん」
 彼女の紹介に応じて、白衣を着たおっさんと、見事ななまず髭のおっさんが
俺に向かって軽く会釈をする。それに続いて看護師とスタッフの軍団の頭が一
斉に波打った。そう、俺の彼女、鷹司晴菜は、日本屈指のお嬢様なのだ。
「あ、あの」
「とりあえずは一通り診させてもらいましょうか」
 その言葉を合図に、俺は看護師に担ぎ上げられ、ベッドに運ばれた。スタッ
フがベッドの上に簡易無菌室を展開し、さまざまな注射器やよくわからない金
具を並べ始める。転がっていた濡れタオルはピンセットでつまみあげられ、
『焼却処分』とシールされた箱に放り込まれた。
 一方キッチンでは、晴菜が包丁を優雅につまみ上げ、鶏肉に最初の一刀を入
れていた。同時にスタッフ一同の盛大な拍手が沸きおこる。晴菜がこちらを見
てはにかむような微笑をもらしてどうやらセレモニーは終わりらしく、昼メシ
時の学食のような勢いでスタッフたちが下ごしらえを開始した。
「このコンロじゃ火力が足りないヨ」
 うず高く詰まれた食材の横で、特級厨師がわめいている。粥作るのにどんな
火力がいるんだよ。
「ごめんなさいヒロさん、おだしの鶏スープを作るのに、圧力鍋を使うらしく
って。キッチンを、少し広げさせてくださいね」
「あ、うん。もう好きにしていいよ」
 直腸に体温計を入れられながら、俺は力なく応えた。執事が玄関ドアをあけ、
宮大工たちが入ってくる。いまから台所改造して鶏がらスープから取るのかぁ。
それは……楽しみだなぁ……。
 天井からぶら下げられたウコッケイ達と目を合わせながら、俺は徐々に意識
を失っていくのだった。

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