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Date: 12 Mar 2007 23:57:07 +0900
From: hisapon_mk2@mail.goo.ne.jp
Subject: [monokaki-ml 00080] 『俺とアネゴ』ちょっと手直し
To: monokaki-ml@cre.ne.jp
Message-Id: <20070312145707.33750.qmail@mail.goo.ne.jp>
X-Mail-Count: 00080

『俺とアネゴ』
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 遠くで、玄関のチャイムが鳴っている。

 目の前がぼーっとする。半分眠ってるんだか起きてるんだかわかんなねえ程
に曖昧な意識、顔が火照って額ににじんだ汗が気持ち悪い、ちょっと首を動か
そうとするだけで頭の奥がズキズキと割れるように痛い。
「あー」
 もうベッドから起き上がるのも億劫で、掛け布団をずり上げて顔半分埋もれ
るように潜り込む。
 しばらく時間を置いて、また鳴り響く甲高いチャイムの音。
「うぜえ……」
 ってか、こっちはそれどころじゃねぇっつうの。頭は割れそうにいてぇわ、
全身寒気はするわ、熱で意識は朦朧としてるわ、体の節々痛くて動けねえわで。
マジ勘弁してくれよ。
 響くチャイムの音、三度目。
 きぃんと甲高い音が熱に浮かされた頭に刺さるように響く。
「あーはいはい」
 割れるように痛む額を押さえて、やっとこ重い体を起き上がらせてベッドか
ら抜け出す。冷えた空気に触れたせいか這い上がるような悪寒が気持ち悪い。
「っせーな、わかったっつの」
 脱ぎ捨てたままのフリースを拾い上げてパジャマの上に羽織り、スリッパを
引っ掛けて冷たい廊下を歩く。

 俺、高校一年。何の因果か一人暮らし。
 ぶっちゃけると両親は仕事の都合で長期出張中、高校入学したてだった俺は
ついていけないと一人残って新学期早々一人暮らし。気楽といえば気楽かもし
れないが、こんな時はちょっと辛い。
 鳴り響くチャイム。
「はいはい、今開けますっての」
 こんな時になんだってんだよ、ったく。これが新聞の勧誘だったりしたらた
だじゃおかねえぞ。

 ドアを開けた先、見慣れた顔が飛び込んできた。
「おす、生きてるか」
「あ、アネゴっ!?」
 目の前に立っていたのは、制服の上にダッフルコートを羽織り、顎の下です
ぱんと整ったショートボブ。
「なんでっ、アネゴが」
「何でとは何だ、風邪で寝込んでるっていうから来たんだろ」
「や、そ、そうだけどよ……」
 目の前でにかっと笑う姿。
 アネゴ、俺んちの向かいに住んでる幼馴染。
 決して女らしくないわけじゃないが、たくましさと力強さがそれを大きく上
回る、恥らう姿より仁王立ちが似あう、そんなタイプ。
「でも、なんだよ、急に」
 思わず視線が逸れる、なんか正直アネゴとは目を合わせ辛い。
 ガキの頃からの幼馴染ってこともあるせいもあるが、俺の周囲の奴らはどう
いうわけか俺とアネゴを勝手に公認扱いして事あるごとにセット扱いしやがる。
正直はた迷惑というか大きなお世話というか、ぶっちゃけ俺は大いに迷惑をこ
うむっている。
「ほら、見舞いと英語のプリント。来週小試験出すって言ってたぞ」
「げ、マジかよ」
 俺の気持ちなんかさっぱり気にした風もなく、ずいっと目の前に手にした袋
を突き出す。
「で、お前。ちゃんとメシ食ったのか?」
「……食ってねえよ」
 それ以前に作る気力も買ってくる元気もねえし。
「ばっかだなあ、食わんともたんぞ。治るもんも治らんし」
「っせえな、わあってるっつの」
「薬は飲んだのか?」
「……飲んでない」
 アネゴが呆れたような顔でため息をつく。
「ったく、しょうがない奴だな。ちょっと台所借りるぞ」
「え?」
 って、俺が返事するのも待たずにどかどかとひとんちにあがりこんでくし。
「ちょ、アネゴっ」
「いいからお前は寝てろ、かゆくらい作ってやる」
 どすどすと廊下を歩くアネゴの背中越しに甲高い声が耳に響いた。


 あれから、部屋に戻ってずるずるとベッドに崩れ落ちて。
「……んだよ、一体」
 いや、本音を言うとありがたいっちゃありがたいんだが。実際メシ作る気力
も買いに行く体力もなかったのは事実だし。
 でも、なあ。なんか、引っかかる。
 気恥ずかしいっつーかなんつーか、風邪治って学校行った時の先生やクラス
メイト共のにやついた顔が想像できるし。
 別段アネゴの事が気に入らないとか嫌ってるとかそういう意味じゃねえけど、
お互いの気持ち置いといて勝手にカップル扱いってのはどうにも気に食わねえ。
 俺にとってアネゴは昔なじみの姉貴分で。
 アネゴにとっても、俺は数居る弟分その1ってとこだろうし。
 でも回りはそんな風に思ってなくて、なんか……色々めんどい。

 なんてぼんやり考えてると、ノックも無しにドアが開いた。
「できたぞ、気分はどうだ?」
 湯気の立つ器を盆にのせて、ひょっこりアネゴが顔を出す。
「おう、まあ……なんとか」
「ほら、冷えるぞ」
 もそもそ起き上がった俺の膝の上に盆を乗せると、放り出したフリースを拾
い上げて肩に掛ける。
 なんか、いや、いいんだけど。
 まるっきり弟扱いというか、なんか様にならねえ。
「……わりーな、アネゴ」
「ほら、熱いから火傷すんなよ」
 俺のもやもやなんかさっぱり気にした風もなく、ぽんと背中を叩く。
「おう……」
 湯気が沸き立つおかゆをスプーンですくって息を吹きかける。ただの白がゆ
かと思ったが、細かく刻んだ葱と梅干の果肉が入っていてほんのりと梅の酸っ
ぱい香りが鼻を掠める。熱とだるさですっかり減退してた食欲がふつふつと湧
いてきた。
「いただきます」
 言葉が悪くて一見ガサツに見えて……案外、家庭的。
 そういうとこが、アネゴが慕われる理由でもあるんだけど。

 熱いおかゆは、染みるように空になった胃におさまって寒気のする体をほか
ほかと暖めてくれた。
 その間、アネゴは何をするともなく俺の顔を眺めてて。なんつーか、その、
ちょっと困る。なんか俺ばっか周りにあれこれ言われて一人で空回ってるよう
な気がして、なんか気まずい。

「……サンキュ、アネゴ。うまかった」
「おう、薬飲めよ。ほら」
 水の入ったコップと入替えで、空の器がのった盆を持ってにっと笑う。
 間違ってもにこっ、でなくにっ、ってところがアネゴらしい。
 でも、心なしか。どっかでホッとしてるような、なんかちょっとくすぐった
いような、あれこれごちゃ混ぜになった変な感覚がする。
「あと、これ貼っとけ」
 差し出された冷えピタ。
「……ん、ああ」
「ほら、デコ出せ」
 返事をするまもなく前髪をかきあげて、わしわしと俺の顔をタオルで拭って、
額に手を当てる。
「まだ、結構熱あるな」
「……あ」
 直ぐ目の前、俺の顔を覗き込む顔。
 すっぱりと顎の下で綺麗に揃った髪。
 アネゴの手はひんやりしてて、思ったよりも小さくて。
「いちいち人俺をガキ扱いすんなよなっ」
 泡くって離れようとして……火花が飛んだ。
「あでっ!」
「おい!」
 引いた反動で思いっきり壁に頭をぶつけて、後ろ頭がじんじん痛む。
「なーにやってんだ、お前」
「うるせぇよ」
 涙目で頭を押さえる俺を見て呆れ顔になるアネゴ。
 なんだか最近、アネゴといるといつもつまらないことで怒鳴ったり大人気な
く振舞うことが多い。
 別にアネゴが悪いわけじゃない。でも、こう、なんとなく気恥ずかしい。
 さっきだって、ちょっと言い過ぎた気がする。
「ほら、おでこ出せ。世話の焼ける奴だな」
「……ほっとけよ」
 そのくせアネゴは気にした風もねえし。なんか俺一人アホみてえじゃねえか。


 結局その後、何を話すでもなく。
「あのさ」
「ん?」
「アネゴさ、帰らなくてもいーのかよ」
「え?」
「だってほら遅いだろ、時間。平気なのかよ」
「遅いったって、うち向かいじゃん」
「そういう問題じゃねーよ」
「……別に、あたしは平気だぞ」
「や、ほら。俺は助かるけど……悪いだろ」
 正直、早く、帰って欲しい。
 いや、アネゴがうっとおしいとかそういう意味じゃなくて。
「熱、どうよ?」
「ん……大分、マシになった、かな」
 おい、覗き込むなよ。なんか、その、気まずいっつーか。
「じゃあ、これ片したら、あたし帰るけど……死ぬなよ?」
「ばっか、風邪ごときで死ぬかよ」
 なんかますます顔が熱くなってくる。アネゴのちょっとらしくない神妙な顔
をなんかまっすぐ見られない。
「アネゴ、さ」
「ん?」
「ありがと、な」
 ふと、アネゴがふいっと目をそらす。
「…………おう」
 そのまま、身を翻して部屋を出て行く。

「はぁ……」

 なんか力抜けた。
 でもさっきまでのどうしようもないダルさとは違って。

 なんだか顔が熱い。
 熱のせいだけだと、思いたい。

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