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Date: 11 Mar 2006 20:12:45 +0900
From: hisapon_mk2@mail.goo.ne.jp
Subject: [monokaki-ml 00065] 三月お題「姫」:小説『稽古帰り』=?ISO-2022-JP?B??=
To: monokaki-ml@cre.ne.jp
Message-Id: <20060311111245.51042.qmail@mail.goo.ne.jp>
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 久志です。
三月お題「姫」でちろっと書いて見ました。

お題もの書き2006年03月テーマ企画「姫」
http://www.cre.ne.jp/writing/event/2006/hime.html

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小説『稽古帰り』
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何気ない一言
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 きっと何気ない言葉だったんだと思う。

『そこは君の特等席だね』
『え?』

 三階の図書室。
 見下ろした先、正面玄関から正門に向かって歩いていく生徒達の姿がまばら
に見える。いつも一番隅の窓際の席に座って、本を眺めている。
『正面玄関から駐車場へ向かう時に時々見えるんだよ、君がいつもこの席に
座っているのが』
 ほのかに暖かくなってきた風がさわさわと木々をざわめかせていて。
『どうして、私だってわかったんですか?』
『そうやって座っていると長い髪が日に透けて、良く映えるんだよ』
 咄嗟に腰近くまで伸びた髪に手を触れる。

『まるで、グリム童話のラプンツェルみたいだね』

 何気ない一言。
 でも、そんな何気ない言葉に、私は一瞬で舞い上がった。


立稽古
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 放課後の演劇部室。
 窓から差し込む西日に照らされて、私は真っ直ぐに目の前に立つ女性を見つ
めている。

『時は古代、垂仁天皇の御代。豪族たちは、一族の姫を天皇に差し出し、恭順
の姿勢を示していた』
 伸びやかに響く声を聞きながら、見詰め合う目。
『数多の女性の中、天皇の皇后として寵愛を受けた佐保の国の姫。天皇の寵愛
を得つつも、その心は同母兄(いろせ)である佐保彦へと向けられていた』

 とくん、と。心臓が高鳴る。
 ゆっくりと心の中で三つ数えてから口を開く。

「佐保姫。お前は兄の私と、夫と、どちらがより愛しい?」 
 小さく息を吸い込んで、目の前の彼女が息を詰まらせる。
 ぎゅっと握った手を下ろすと、意を決したように顔をあげた。
「兄様が愛しゅうございます」
「佐保姫、お前は確かに美しい。しかし、女の美しさはいずれ衰える。陛下の
寵愛を狙うものは多い。いずれお前が寵愛を失う日が訪れないと何故言える?」
 目を伏せて小さく俯く彼女の両肩にそっと手を置いて。
「兄様……」
「私達は共に佐保の地に生まれ共に育った、お前が本当に私を大事に思うなら、
二人でこの世を治めよう……これを」
 ずっと握り締めすぎて手の温かさと同じほどに温まった鞘を差し出す。
「兄様、これは!」
「佐保姫、天皇を殺すのだ。この剣で」
「わたくしが、陛下を……」
「私の為、佐保の為、殺してくれるな?」
 重ねた手の上、微かに震える唇を噛み締めて顔をあげる。
「……わかりました、兄様」

「はーい、カットぉー!」
 メガホンを片手の演劇部長の甲高い声が響く。

 どっと、力が抜ける。

休憩中
------

 髪を両サイドに結って紐で束ねた、いわゆるみずらと呼ばれる古代人の髪型
を軽く手で直しながら、深々と息を吐いて肩の力を抜く。
「いい感じねー深嶋さん」
「ホントホント、当たり役」
「そう、ですか?」
 男役で褒められるってのも、ううん、嬉しいんだけどね。

 佐保彦の乱。
 古事記の中でも特にドラマティックな物語。
 佐保の第一王女にして時の天皇の最愛の妃、佐保姫とその兄佐保彦。天皇に
刃向かった兄に殉じ、戦火の中で果てた悲劇の妃。

 新入生勧誘の演劇にしては、随分と渋い選択な気がしないでもない。
 首にかけたビーズ製の勾玉を指先でいじりながら側に置かれたパイプ椅子に
ぺたんと座り込む。通し稽古をはじめてそれほど長い時間は経ってないはずな
のに、いつの間にか額に汗がじわりと滲んでいて顔が火照ってる。

 ふと、目の前に差し出されたのはペットボトルのお茶。
「お疲れ様です、りりあさん。素敵ですわね佐保彦さま」
 伸びやかに響くナレーションの声――を担当する同じく部員でクラスメイト
の由梨子さんがにっこりと微笑んだ。
「もう、やめてよ由梨子さんまで」
 お茶を手に頬を膨らませると、当の由梨子さんは台本で口元を隠しながらく
すくすと楽しそうに笑っている。

「ねぇ、ちょっとこっちちょっと直した方がよくない?」
「そうねえ、小道具がちょっと寂しいわねえ」
 ポンポンと元気良く飛び交う会話を横目で見ながら小さく溜息をつく。
 この白熱ぶりだと今日帰れるのは何時になるかちょっと心配。

「それにしても」
「どうなさいまして?」
「佐保彦の乱って、いつからこんな耽美な話になったかな」
「あら、古代では兄妹での愛はそう珍しいことではなかったそうですわよ?」
「……うーん」
「でも、逆に」
 言葉を切って人差し指を唇に当てる。
「逆に現代だと『禁断』というスパイスがより物語を魅力的に見せているのか
もしれませんけど」
「禁断の愛……ですか?」
 タブーと知りつつ、いや、禁断だからこそ惹かれる。
 そういうのって、やっぱあるのかな。
「昔から言いますでしょう、障害の多い愛ほど燃え上がるもの、と」
「…………」
「佐保彦と佐保姫、ロミオとジュリエット、ランスロットとグネヴィア、昔か
ら悲恋のネタはつきませんし?」

 たとえば、兄妹だったり。
 たとえば、家が敵同士だったり。
 たとえば、忠誠を尽くす主君の妻だったり。

 確かに、普通のあたりまえの恋よりもそれらははるかに魅力的に映って。

『そこは君の特等席だね』

 禁断だから惹かれたのかな?

『まるで、グリム童話のラプンツェルみたいだね』

 迷路の中。
 答えはちっとも出てきてくれない。

帰り際
------

 窓の外はすっかり日も落ちて、真っ暗だった。

「りりあさん、もうよろしいんですの?」
「あ、はい。由梨子さん待たせちゃってゴメンなさい」
 ニ三度頭を振る。でもしっかりみずらを結っていた髪はほどいて随分経って
いてもクセがとれずにごわごわしてる。
「遅くなってしまいましたわねえ」
「ゴメンなさい、着替え遅くて」
「いいえ、一人では物騒ですもの」
 すっかり暗くなった校内の階段を下りて廊下を歩く。
「そういえば、りりあさん」
「はい?」
「あの方を劇にお誘いしましたの?」
「え?」
 足が止まる。
「折角の晴れ舞台でしょう、見ていただかなくてよろしいの?」
「別にっ……そんなんじゃ、ない、です」
 ああ、ダメだ。声震えてるし。
「まだ化学準備室にいらっしゃいましてよ?」
「なっ」
 なんで由梨子さん知ってるんですかと、言葉にする前に由梨子さんにっこり
と笑う。ゆっくりと人差し指が窓へと動く。
「先ほど窓から駐車場にお車が見えましたからまだお帰りになってないご様子
ですね。来年度は非常勤から常勤へ変わるというお話を耳にいれましたので、
色々とお忙しいんでしょう。待っている間にちらりと見ましたら準備室の明か
りはまだついておりましたし」
「でも……忙しいなら」
 きっと今でさえ忙しいのに、新年度になったってきっと忙しいだろう。担任
だって受け持つかもしれない、それに部活の顧問までやってるんだから。

 でも、どっかで見て欲しいなと思ってる。
 どうせ見てもらうなら姫の役ができればよかったのにな、とまで思ってる。
 ついでにいうなら来年度は担任になってくれればいいのにな、なんて莫迦な
ことまで考えてる。

 禁断だから惹かれた?

『まるで、グリム童話のラプンツェルみたいだね』

 たったそれだけの言葉で舞い上がるなんて私もおめでたい奴だよね。

「いってらっしゃいな、りりあさん。わたくし下駄箱でお待ちしてますわ」
「え」
 とん、と背中を軽くたたいて由梨子さんがカバンを片手にふわりと私を置い
て歩いていく。
「由梨子さんってば」
「健闘をお祈りしてますわ」

 化学準備室。
 一階の一年の教室のすぐ近く、時々教室を出て階段に向かう途中でなんどか
すれ違ったことがある。
 いつもスーツに白衣を羽織っていて、どこか考え込んだ顔をしていて、その
くせ口を開くといつも大真面目にすっとぼけたことばかり話していて。

 閉まったドアの端から、微かに明かりが漏れているのが見える。

 先生、まだ残ってたんですか? きっと先生なら君もこんな遅くまでどうし
たんだい、とか言うかな。はい、新入生歓迎会の演劇部の練習で、なんの劇を
やるのかな? はい、古事記の佐保彦の乱の劇を、先生見に来てくださいね。
 心の中で繰り返す問答。
 多少なりとも先生の返答パターンによる変更も踏まえつつ。
 って、ああ。髪がまだクセでぐしゃぐしゃだ……ええい。

 伸びた手が化学準備室の前で止まる。ひとつ息を吸って吐く。
 静まった廊下にノックの音がやけに大きく響いた。

「はい、どうぞ」
 短い返答、同年代の男の子とはだいぶ違う低い声。
「先生、失礼します」
 意を決して開けたドアの向こう。狭い化学準備室の机に向かって顔だけをこ
ちらに向けた先生が少しだけ目を丸くした。
「おや、深嶋くんだったのか。てっきり当番の人かと思ってたよ」
「先生、まだ残ってたんですか?」
 どもらないように、台詞を噛まないように、とちらないように……稽古の時
より、ずっと難しい。
「ああ、お辞めになる先生との引継ぎが色々あってね。それより君こそこんな
に遅くまでどうしたんだい?」
 予測通りの先生の答え、予想どうりで、次の私の答えもちゃんと考えてある、
考えてあるのに。
「……えっと」
 えーい、考えてあるのに。
「どうしたのかな?」
「えっと、演劇部の練習で……」
「ああ、新入生歓迎会の出し物か」
「はい……」
 ええい、ええい、どうして予想どうりの言葉なのに、どうして用意してた答
えがでてこないかな。
「頑張っているだね。熱心なのはいいけれどもうこんな時間だ、早く帰らない
とご家族が心配するよ」
「……はい」
 古事記の佐保彦の乱を劇をやるんです。先生、見に来てくださいね。
 それだけじゃないか。

「深嶋くん?」

 それだけなのに。

「先生」
「ん?」
「……先生、あの、見にきてくださいね」
「え?ああ、何の劇をやるのかな」
「えっと」
 ええい、うつむくな。
「……佐保彦の乱をやるんです」
「ああ、日本書紀の。古事記にものっていたんだっけかな」
「はい」

 先生、私、佐保彦役なんですよ。古代の服装、結構様になるんです。
 絶対見に来てくださいね、うちの演劇部面子は伊達じゃありませんから。
 先生、来年度から常勤なんですよね、うちのクラスの担任になるかもしれま
せんね。

 なにひとつ言葉になって出てきてくれない。

「えっと、それじゃお先に失礼します……」
「ああ、暗いから気をつけて帰りなさい」
 ああもう全然ダメだ、演劇部の風上にも置けない。予想してた返答も何にも
頭の中がわやくちゃで、まともに言葉になってくれない。
「そういえば、佐保彦の乱ということは佐保姫役は深嶋くんなのかい?」
「え?」
 ドアノブに手をかけて、思わず振り向く。
「ち、違いますっ!私は姫じゃありません」
「おや、違うのかい?似合いそうだと思ったのだけど」
 どうして。
 そんなこというかなっ、先生っ。
「ち、違いますよ。このタッパだし顔立ちだって姫っぽくないですし、いっつ
も男役なんですからっ」
 170超える背と、可愛いというより全体的に作りの大きいはっきりした顔
立ち、小さい頃から父親に鍛えられたしっかり筋肉のついた体。入学して演劇
部に入ってからずっと男役で。

『まるで、グリム童話のラプンツェルみたいだね』

 そんな風に言われたことなんて一度もなかった。
 
「とにかく。先生、見に来てくださいね!」
「ああ、楽しみにしているよ、練習がんばりなさい」

 でも、さ。ラプンツェルは姫じゃないよ。
 ぜんっぜんダメだ、私。

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以上。

 なーんか、尻切れトンボ気味です。上手く姫をネタにできなかった……
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