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Date: Fri, 30 Sep 2005 18:05:17 +0900
From: FURUTANI Shun-ichi <sf@cre.ne.jp>
Subject: [monokaki-ml 00054] みひろりう『一目惚れ(習作)』
To: monokaki-ml@cre.ne.jp
Message-Id: <20050930180234.F82B.SF@cre.ne.jp>
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 みひろりう さんの作品。

http://hiki.cre.jp/write/?StudyOfHitomeboreSituation
一目惚れシチュエーション習作
 の一品。



一目惚れ(習作)

「ねえ、ちょっと」
 学校の帰り道の駅のホーム。声に振り向くと、一人の男子。
 確か、彼はクラスの…。と思う間もなく、私の前に四角いものを突き出した。
「これ、落としたんじゃない?」
 そう言って差し出された物に描かれた絵は、見覚えのある絵……
 翔と涼が上半身裸で絡んでるのは、この間出たばかりのボーイズラブ文庫の
最新刊……って!
 あああ、私の本! 思わず恥ずかしさが私の全身を襲う。たぶん顔は真っ赤
なんだろう。彼の顔が見られない。
 クラスメートのみんなにばれちゃう! よりによってなんでおしゃべりなの
が拾ったのよ!
 とにかく本を受け取らなければ。そう思って右手を差し出したとき、本が突
然動いた。私の右手にぶつかって彼のすぐ横へ本が飛んで落ちる。
 本を拾おうと追いかける私の手。その横から突然、彼の右手が飛び出してき
た。私の指に彼の指が触れる。思わず止まる彼と私の手。
「あ。ゴメン……」
 その彼の一言を聞くや、私はそそくさと本を拾うと改札口へ向かう階段へ一
目散に走り出した。
 帰宅する背広や制服の人の波が、私の逃げる道の邪魔をする。その波を擦り
抜け、何の根拠もないのに改札口まで逃げれば大丈夫だと、わき目も振らずに
走った。
 ああ、私のこと変な奴だと思うだろうな。今日の事クラスで言い触らされた
らヤダなあ。気が重くなりそう。
 でも「ゴメン」だなんて。そういえば彼、普段は女子にはぶっきらぼうな態
度しか取らないのに。
 彼とは帰りが同じ方向なのに、話すことなんてほとんどなかった。電車も同
じ車両だったけど、顔を合わせても挨拶ぐらいだったし。
 早く遠ざかりたい、その思いで逃げながらも頭の中ではあれこれと、いろん
な事がめまぐるしく思いついては消えてゆく。
 駆け下りた階段の先にある自動改札に定期を突っ込んで走り抜けたあと、立
ち止まって振り返った。
 彼の姿はなかった。当たり前だ。追いかけてなど来るわけないのに。……何
を期待してたんだろう、私。
 ホッとしたような、でも残念だったような気持ちで、私は改札口を離れ家路
へと急いだ。
 早く帰って夕食の支度をしないと弟が「メシ、メシ」と騒ぎ出す。ああ、今
晩のおかずは何にしよう。昨日はサンマだったし。そういえば彼の家の今日の
おかずってなんだろう。何が好物なのかな。私、卵焼きとか得意だから、それ
だったたらいいな。でも、割と好き嫌いがあるかもしれないな……
 そうだ。明日のテストの準備もしないと。先生、どこが出るって言ってたっ
け。苦手なのよね数学は。彼は得意な科目なのかな。だったら教えてもらえた
らいいな。国語は得意なのかな。苦手だったら教えてあげられるからそうだと
いいかも。
 何を考えても、彼のことばかり思い浮かぶ。彼のことにつながって彼のこと
ばかり考えてしまう……
 どうして? あれ? もしかして、これって…………一目惚れ?
 一目惚れ……そっか、一目惚れってこれなんだ。ああ。
 私は彼に一目惚れをした。
 理由もない恥ずかしさが首筋を熱くさせる。
「私、彼を好きになっちゃったんだ」
 そうつぶやいてみる。それだけでなぜか胸が熱くなる。さっきの彼の顔が浮
かぶ。彼の「ゴメン」が、呪文の言葉となってぐるぐると私の中を駆け巡る。
彼と会ってた、わずかなあの時間を思い出す。恥ずかしかったはずのあの時間
が、今はとてもうれしいことに思えて幸せな気分が満ちてくる。触れられた指
先に残る感触がいとおしくなる……
 気がつけば、家路に急ぐはずの足は止まって私は道の真ん中に突っ立ってい
た。
 たぶんそのとき。
 恋をする、ということを私は初めて知ったのだった。

<了>




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