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Date: Mon, 24 Jan 2000 09:49:57 +0900
From: "k" <ui@peach.plala.or.jp>
Subject: [bun 00412] [NOVEL] まあ今のままでもいいかもね
To: すとらんげーじ <stlg_ml@cup.com>,        <bun@cre.ne.jp>
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 まあ今のままでもいいかもね



 何を隠そう私は‘特別に温かい空間’を造り出すことのできる人間です。
 もちろんそういう人間は世の中には私以外にもたくさんいます。けれど、あくまで
も‘私的’に‘特別に温かい空間’を創り出せる人間は、言うまでもなく私以外には
いません。
 私はそれまではずいぶんと対人関係において苦労をしてきた人間でした。敵が多い
とか集団の中でうまくやって行けないとかそういうことではありません。むしろ私が
苦労したのは一対一の関係の場面に陥ったときの話です。それ以外の場面ではたいて
いの場合、私のいる場所は和やかで盛り上がっていて、はっきりとした方向性を持っ
た会話が飛び交っていました。私が経験してきたほとんどの集団の人々はなぜか私に
対してとても好意的で、朗らかなムードで私の発言を受け入れてきてくれたもので
す。それと言うのも実は私には‘私的に特別に温かい空間’を創ることができるよう
になる前から、すでにもうひとつの特別な能力が備わっていたからなのです。私はど
の集団に属していても必ずと言っていいほどに高い確率でその集団のキーパーソンに
気に入られるという能力を持っていたのです。時にはそのキーパーソンの権力の失墜
とともに私にも降ってわいたかようなあからさまな不幸が降りかかるということもあ
りましたが、それでもやはり合計すれば間違いなくその能力によって得をしたことの
ほうが多いと思われます。つまり私はそのようにして遥か昔から現在までずっと、集
団の中でならばほぼ間違いなくほどほどに居心地のいいポジションを確保して幸せに
暮らすということが出来ていたのです。
 けれど、ここからが本題なのですが、あるときその集団から二名だけを選んで買出
し部隊を作ることになったとしましょう。そしてその二名のうちの一名に不幸にも私
がジャンケンで負けて選ばれてしまったとします。そうするとその瞬間から私の意味
のない独り善がりな対人関係の苦労が始まるのです。
 あるときその苦労について割合に親しくて二人きりになっても気まずくならないよ
うな人間に聞いたことがあるのですが、その人は私といるときの沈黙はたいして気に
なるような種類の沈黙ではないと言ってくれました。それはこの世界では稀に見る、
珍しい、完全なるカタチを持った芸術的な沈黙であって、どこにでもある、どちらか
と言えばどろどろとしたものが渦を巻いていて、その雰囲気が致命的に両者に影響し
あってその口からの言葉を発生を拒むといった種類のありきたりな沈黙ではないのだ
と言ってくれました。けれども私にはそんなことは信用できませんでした。いつまで
もいつまでもずっと、私の中の何かが荷担して創り出すと思われる、私には正体が不
明の、奇妙な種類の沈黙を恐れて、特定の親しい人以外の人間とは出来る限り二人き
りにならないように努力して生きてきました。
 しかし、ごく最近になってそのような状態に変化があったのです。
 現在のように目の前に山も谷も小さな石ころさえないような生活を送り始めた中年
にもなってなぜに今さらそのような変革がこの私のもとを訪れたのかはわかりませ
ん。けれど確かに私は静かなる、何の感動も介さない、ごく個人的な種類のマニアッ
クなブレイクスルーをここ最近の何ヶ月かの間に体験しました。
 言ってみれば私はふとした弾みで以前までとは違い、誰かと二人きりになって落ち
着いた雰囲気の中で何かを話し合うことの喜びを見出したのです。
 集団の中でではなくて個人対個人で、相手と自分の違いやお互いの性質を穏やかに
見切りながら、とつとつと、ひとつの、あるいはいくつかの物事について順番に意見
を交換しながら会話して行くことの喜びを知りました。
 次には確実に自分の番が来るのだということがわかっている種類の会話がもたらし
てくれる、穏やかで洗練された種類のダイナミズムの中の、春の小川のほとりで鳥た
ちがさえずるような感覚のときめきを実感しました。
 変な話なのですが、私はなんとそれを毎週日曜日の、一匹の野良猫との触れ合いの
中で手に入れたのです。
 その野良猫は名をトラと言います。
 私とトラとの触れ合いが始まったのは、私がある時、この文章の最初のほうで述べ
た突然に降ってわいたかのような不幸によって会社での出世への道をあきらめたとき
のことでした。私の属していた派閥のリーダーの権威が失墜したので自動的に私自身
のその会社での未来も消滅しました。だからそれ以来私はほとんど完全に週末の接待
ゴルフの誘いを断るようになり、いつでも日曜日の朝になると自分の家の縁側の日差
しがあたるところに出て雑誌を読んだり将棋を指したり小説を読んだりして過ごすよ
うになりました。そしてそこにある朝トラが現れたのです。トラははじめのうちは絶
対に私の手の届くところまでは近づいてきませんでした。けれど、その頃にはもう
とっくの昔に妻からも、子供たちからも、父さん今日はねえ…などと話しかけられる
ことがなくなっていた私はこの際だから是が非でもこの、私が勝手にトラと名づけた
野良猫の心だけはなんとかして私の手の中に掴み取って見せるぞと心に誓いました。
 そして私とトラとの死闘が開始されました。猫と人間の静かなる戦いの駆け引きは
約一ヶ月以上にもわたって繰り広げられました。
 私の武器は煮干です。
 猫の武器はプライドと警戒心と気まぐれさとでも言ったところでしょうか。
 皆さんは生粋の野良猫を自分の手で人間になつかせたことはおありになるでしょう
か。トラはおそらくは生粋の野良猫ではなかったのだと思います。彼は約一ヶ月の辛
抱の末についに私の手の届く範囲でぼりぼりと音を立てて私の与えた煮干を食べるよ
うになりました。そしてそれからさらに約一ヶ月がたつとトラは煮干がなくなっても
私のところから離れて行かなくなりました。日曜日の午前中は決まって私の家の縁側
の太陽の光があたる部分で雑誌を広げる私と、将棋盤の前に座る私とともにひととき
の陽だまりの中の時間を過ごすようになりました。
 家にはたいていの場合、息子と娘は出かけてしまっていて奥の居間のほうに家内だ
けしか居りませんでしたが、その日は家内も出かけてしまっていて完全に私一人しか
家にいない時のことでした。
 いつものように私の傍らで昼寝をしていたトラが、唐突に立ち上がってのそのそと
私のほうに近づいてきたと思ったらなんと突然にどっかりとえらそうに私の膝の上に
寝転んで寝てしまったのです。私はびっくりしてしばらくの間目を見開いてトラの線
のように細く閉じられた両目を見つめていました。将棋の駒を動かそうとしていた右
手も石のように固まってしまってしばらく動かすことが出来ませんでした。
 それで私は勘違いをしたのかもしれません。
 私には‘特別に温かい空間’を創り出すことのできる能力があるのだと思ってし
まったのです。それは柔らかな音を立てて誰もがひっそりと私のもとを去って行って
しまった代償にと神様が慈悲の心で恵んでくださった思い込みであったのかもしれま
せん。
 二、三日が過ぎてから、私は会社でも家庭でも様々な機会を見つけては誰かと二人
きりで何かの話題を共有しようと努めるようになりました。人々は不思議にもそんな
私のことをそれほどには煙たがったりはしませんでした。もちろん中には相手が誰で
あろうと関係ないという雰囲気で、たいして意味のない会話の始まりを避けようとす
る人たちもいました。けれど私はそういう目にあっても不思議とまったく悪い気分に
はなりませんでした。彼らには今は一人の時間が必要なのだと思って潔く引き下がり
ました。いや、正確には私はあえて会話をしようとする意思さえもをはっきりと持っ
て行動していたわけではなかったので、実際には引き下がるという表現は妥当ではな
いかもしれません。通り過ぎると言ったほうが適切であるのかもしれません。とにか
く私にはそれ以来ごく自然に絶妙なタイミングで誰かを捕まえてそして‘私的な特別
に温かい空間’に引きずり込む術を身につけたのです。まるで人間でも変わってし
まったかのようにいろんな人と穏やかにニコニコと笑顔を交えて一対一での会話を楽
しむことが出来るようになってしまったのです。
 その能力を手に入れて以来、私の生活には特にいいことも起きていませんが、また
同時に特に悪いことも何ひとつとして起きてはいません。いつの頃からか家族の中に
鳴り響くようになっていた錆びたスプリングが軋むような音はしなくなりましたが、
だからと言って年がら年中家の中を春のさわやかな風が色鮮やかに通り抜けていると
いうわけでもありません。息子や娘が髪の毛を金ぴかに染めて鼻や耳や舌べらに、身
の毛もよだつような形の金属片をつけることを止めたわけではありません。おでこや
背中や腹に私の知らない何かの方法で、『死』という文字を彫り込むことを止めたわ
けではありません。
 彼らは相変わらず私には理解不能な姿格好をして、私には理解不能な言葉を使って
行動をするし、会話をしています。けれど、ただ時々は今日はいついつまでには帰っ
てくるからと言って出かけるようになりました。ただ時々は息子が上半身裸で家内の
皿洗いの手伝いをして、私がいる居間のほうに向けて、背中に彫ってある、竜が巻き
ついた『死』という文字をでかでかと見せつけているようになりました。
 私にはそれがいったいぜんたいいいことなのか悪いことなのかこれっぽっちも爪楊
枝の先ほどにも理解することが出来ません。けれど、とにかく私は会社での出世への
可能性とひきかえに、一匹の猫と、あとは気のせいかやけにハンドルが高いオートバ
イに乗って出かけることが少なくなった息子と娘の存在を手に入れることが出来たわ
けです。
 猫は今でも日曜日には決まって私の膝の上で惰眠をむさぼって太陽の光を吸収して
過ごしています。私は最近ではとても落ち着いた心持でもってその私の膝の上にいる
目を細めた猫の顔を眺めて楽しむことが出来るようになってきています。
 ほんの些細なことから手に入れた、ほんの些細な‘特別に温かい空間’を創り出す
ことが出来るという能力ですが、それが私の現実生活に及ぼしつつある影響は、実は
私が思っているものよりもとてつもなく大きな突拍子もない改革につながる変化であ
るのかもしれません。けれど一方では今となっては私はもう実際にはそんな変革がな
くてもこのままでもいいんじゃないだろうかとさえ思ってしまっているのもまた事実
です。私は、私がかつて最も熱望してやまなかった会社での出世という未来を失った
状態でなぜか不思議にも、実は現在のこの状態こそが自分がいつの日も無意識のうち
に心のどこかで求めていたものなのではないだろうかと思っているのです。
 人はあるいは誰だって一度も手に入れたことのないものを求めて生きているわけで
すから、時にはあるひとつのふとした偶然の手違いによってこのような何か大切なも
のを手に入れることだってあるのかもしれません。
 春の風は必要以上には温かくなくていい。
 秋の風は必要以上には悲しくなくていい。
 私はある朝ふと、猫を膝に抱きながらこのような不思議な言葉を思い浮かべまし
た。
 そして私が手に入れた、私的に‘特別に温かい空間’を造り出すことのできる能力
の真髄は、まさに私が思い浮かべたこのような不思議な中庸のセリフの中にこそ存在
しているのです。
 それは取りたててすごい能力ではありませんが、だからと言ってバカにされるよう
な種類の能力でもない。
 それはただ本当に、それ自体が持ち売る限りの能力を持っているだけなのだという
点において、私はこれまでに一度だって何に対しても感じたことのない、恐ろしく深
い種類の満足感を覚えて安らいでいます。
 言ってみれば『死』という文字を背中に背負って皿洗いをする息子の存在だって、
ある意味ではものすごく自然で、これ以上なくナチュラルな物事のあり方なのかもし
れない。
 彼らには彼らの時代があり、そこには確かに彼らにしか見えないものがある。
 私には私の人生があり、そこには確かに彼らには理解できないものがある。
 けれどだからと言ってそれらふたつの存在がお互いに牙をむいていがみ合うには、
世の中は往々にして基本的には共有できるはずのものごとによって満ちすぎているの
ではないか。
 私は今つくづくそのような不思議な感覚に襲われて、毎日毎日誰かと会話をするの
を楽しみにして生きている。
 あるいは息子と娘を相手にして何年かぶりの落ちついた会話を交わす日が来るのも
もうそろそろ近いのではないかとさえ思って生活している。

                                     k


    

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