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Date: Fri, 17 Dec 1999 21:58:18 +0900
From: きるしぇ <sakura_o@ma3.justnet.ne.jp>
Subject: [bun 00383] Re: きるしぇさんへの感想
To: bun@cre.ne.jp
Message-Id: <385A336A2B2.B4B0SAKURA_O@ma3.justnet.ne.jp>
In-Reply-To: <006901bf483b$6d80ef60$53a999d2@fmv>
References: <3858E0BBE6.C7E1SAKURA_O@ma3.justnet.ne.jp> <006901bf483b$6d80ef60$53a999d2@fmv>
X-Mail-Count: 00383

こんにちは


まず最初に言うけれど、Kさんは、「感想もらえないもらえない」
と嘆いていらっしゃいますが、こんなことをされると、自らの首
をしめているのではないか、と思います。
「自分にとって腹の立つ感想を書かれたらこんな風にののしる人
だ、怖いからわたしは感想を言うのをやめとこ」と周囲は思うの
ではないでしょうか?

> 腹がたったでしょうか。もしも腹が立たな
> かったとしたらあなたはバカです。アホで
> す。トンマです。

腹は、立ちませんでした。(馬鹿でアホでとんまですか?)
逆に、Kさんが、とても幼稚で、未熟な人だと思いました。

わたしだって、プロじゃないから、作品に欠点もありますし、
「この作品、好きじゃない」と言われることもあります。
だから、Kさんが、わたしの作品を読んで「うすっぺらい」とか、
「幼稚」とか「作り物みたいだ」という感想を本当にお持ちにな
ったとしたら、それはそれでいいのです。

ただ、もし本当にそう感じられたのなら「ここの、こういう部分
がそう感じました」ということが書けるはずです。
Kさんの「感想」を読んでみて、一つもそういうことが書かれて
いない。
どこらへんがどのようにそう感じられたか、きちんとおっしゃっ
てくださいますか?
それが言えないなら、これでは、「自分が悪く言われたから感情
的になってボロクソに言いかす幼稚で未熟な人」と思われてもし
かたないです。

Kさんは、わたしの批評がそのようなものだと思ったのでしょう
か? わたしは、少なくとも、「ここの部分は納得できなかった」
「ここの部分が分かりにくい」と指摘していると思います。

Kさんは、実に大したことがない人だな、って思います。
さんざん悪しざまに言い、「どうだ? これがオマエのやったことだ、
されてみたらどんなにイヤか分かるだろう」と言うのです。

二重に卑劣ですよね。
「オマエが先にやったことだから、俺がやってもいい」
「オマエはそんなひどいことをするヤツだ」
と言ってる。
少なくとも、わたしは、
> こういう感想や批判は絶対に書いてはいけな
> いことなんです。
という「こういう感想や批評」は、書いていません。
今、自分がKさんの作品に書いた批評を読み返しても、「作者本人
と同じように幼稚」というような文言はひとつもないです。
また、きちんと、どの部分が良かったかあるいは分からなかったか、
言っていますが・・・。

Kさんのされていることは、仕返しでもなくて、単なる逆恨みだと
思います。

> それぞれの人がそれぞれの理由によってがん
> ばって書いたからこそ人に読んでもらいたい
> のです。

人に読んでもらいたければ、わかりやすく書くことです。
Kさんの、今までの作品のほとんどが、はっきり言うと、「ひと
りよがり」だ。
Kさんが「ひとりよがり」であると言ってるのではなく、Kさん
の作品が「ひとりよがり」だけれど、もし自分の作品をイコール
自分であるかのように感情的に人をののしるとしたら、Kさん御
自身が「ひとりよがり」な人だと思う。

Kさんの作品は、何カ所か意味不明なところがある。筋もよじれ
ている。他の方は、どう思われるのでしょうか?
意味が通らないと言うか、何を指しているのか分からない。それ
を「オリジナリティ」とか言うとしたら、ミイラ化した死体を
指して生き返ると力説し、それを「定説」だと言う某団体の教祖
と何ら変わるところはありません。

がんばって書いたことは認めるけれど、ヘタはヘタ。
(わたしが上手という意味ではなく、読んでいて面白くない。)
Kさんは、自分の作品に反応が乏しい理由を、受けとめてらっし
ゃるのでしょうか?
反応が乏しかったり、いい評価をもらえないのは、ここだけじゃ
ないでしょう。読者は、実に正直です。おもしろくない作品には
感想をもらえません。

> ひとつの価値観が、所詮はどこまで行っても
> ひとつの価値観でしかないということがわかっていれば、

あの・・・わたしは、そんなこと分かってます。
それより、それが分かってないのは、Kさんのほうだと思います。
もし、わたしがそんなに未熟で他の価値観が分からない馬鹿なら、
そんなヤツにヘンに言われても、笑い飛ばせばいいのではないで
しょうか?
それができないとしたら、わたしに評価されなかったことを気に
しているのは、Kさんということになりますよね?

> 作品を生み出すことへの苦労が(自分だけではなく他人にもある
> のだということを)理解できないような人は、人の作品を批判す
> るべきではありません。

不二子藤夫(で良かったでしたっけ? ドラえもんの作者?)の
作品に『エスパー魔美』という作品があります。その中のひとつ
の話に、こんなのがありました。
主人公の魔美のお父さんは、画家なのですが、ある日、父の作品
がある批評家に酷評されたのです。魔美は、その批評家に直訴に
行きました。「あなたは父がどんなに心血を注いで絵を描いてい
るか知らないからああいうことを言えるんだ。」でも、批評家は
こう言います。「どんなに心血を注いでも駄作は駄作。鼻歌混じ
りに書いた作品でも良い物は傑作だ」と。

> 私は、少なくとも、『自分だけに書ける物語』を書こうとする
> 姿勢に関しては絶対にあつしさんの方が上だと思います。

それは別にいいです。好みもありますし。
わたしも、あつしさんの文章は上手だな、と思います。
わたしが、あれだけあつしさんにカゲキなことを言うのは、文章
の上手さで、ワンパターンさや、つきつめてない部分をごまかす
傾向があるからです。
最初の『プリズム』には感心しました。でも、同じような作品を
四つよまされると、どんなに上手でも、「マンネリ、もう読みた
くない」と思います。
それに、どう考えても感心しない生き方をしている主人公が、後
でツケを払うことがないのもおかしいです。主人公の甘えが温存
されていることが、読者には感動を与えないと思うのです。
(Kさんが、わたしがあつしさんに宛てた感想の「主人公が一歩」
とかそういうのを、なんか変な文脈で使ってますが。作者がどう
であるかは関係なく、文中の人物のことを言ってるのですが、
どうも分かっておられないようで・・・。)
あつしさんは、新しいパターンを開拓したらいいんじゃないか、
今のままではとてももったいないと思っているのです。

Kさんは、はっきり言うと、「文章もヘタだし、支離滅裂だし、
読んでいてうんざりするほど後味が悪いし、何が言いたいかさっ
ぱりわからない」。
人に何か伝えたいなら、まず、分かる文章を書いて下さい。
オリジナリティなんてその次だと思います。

それから、オリジナリティですが・・・。
自分にオリジナリティがあるかどうかは棚に上げて、わたしとし
ては、Kさんにもあつしさんにも、オリジナリティは感じない。

なぜかというと・・・
同人誌(コミケで売ってる美少女エッチ物や美少年ヤオイ物じゃ
なくて)に載ってる小説のかなりが、こんな感じだからです。

だいたい、「冷たい家族」に育てられて(特に「冷たい母」が圧倒
的に多い!)、「周囲とは違和感や疎外感を感じていて」、「学校
という組織になじめず、成績は悪く」、友達はいない場合が多く、
あるいは何もしないのに恋人だけは(どういうわけか)いて身の回
りやセックスの用だけは満たしてくれている(ご都合!)か、主人
公は働く苦労はしてないのに何故かお金は入ってきて、どうにも
人生に「虚無感」を感じていて、「芸術だの自由」だのとほざいて
いるか、あるいは「突然今までのことにキレて誰か(ほぼ100%
弱者に対して)を殴ったり足蹴にしたりして」、それでも罰される
ことがなくなんか「悟ったようなエンディング」か、あるいは女性
が主人公を受け入れてくれてやさしーく、母のようにあやしてくれ
て主人公はようやくおさまる、というエンディングの小説。途中で
家族が自殺したり自分が手首を切ったりと「血を流して人が死んで
いる」シーンなどがあると完璧。
そういう(こう書いてみると人間のクズとしか言いようがない)
人間の「俺は孤独だ」「誰か愛してくれ」「俺の価値を認めてくれ」
「でも俺の価値なんて誰もみとめないんだー」というわめきにも
似た「心理描写」だけが延々と続いている、ウンザリするような
小説。
しかも、なぜか、主人公は作者とほとんど同じ名前がついていた
り、境遇がほとんど同じだったり。
自分の「孤独感」や「疎外感」をそのまま書いている。

こういう小説を書く人は、ほとんど必ず、「自分のこの作品のよう
なのは誰も書いたことがない」とか言います。
違います。
そんなのは、青臭い文学青年が最初に書くような小説だと思います。
そんなのは、誰もひろってくれないから、「今まで残ってない」だ
けのことです。

上で、不二子藤夫さんの漫画から例をとりましたけど、同じく
『オバケのQ太郎』にも似たようなのを見たことがあります。
正ちゃんは、ある「とても不幸な人」を見かけます。会社もクビに
なり、オンボロアパートに住み、貯金もなく、奥さんにまで逃げら
れた、とオロオロ泣くのです。
そして、「この悲しみを小説にしよう」と小説を書いています。
正ちゃんとオバQは、その小説を売り込んであげようと原稿を持っ
ていろんな出版社に行きますが、ことごとく却下。(あたりまえだ
わな、そんな自分の不幸を「ね、不幸でしょ不幸でしょ」と言って
る小説なんて誰も読まない。)
その結果をその人に告げると、またしても「この悲しみをつづろう」
と小説を書き始めます。そうこうしているうちに、奥さんが帰って
きました。「おまえ、逃げたんじゃないのか?」「何言ってんのよ、
あんたが働かないならあたしがと勤め先を探してきたのよ」と奥さ
ん。なんだ、この人不幸じゃなかったんだ、と正ちゃんとオバQが
その場を去ってエンド。

「自分の心象風景にこだわってる」というのは、誤解を招く言い方
だったかもしれません。
要するに、この人と同じ、「悪いこだわり方」をしていると思うの
です。
(だから、作品をけなされたら、イコール「自分自身」をけなされ
たように感情的になるのだと思いますが。)

> 「牛丼屋さんに入ったら、何も言わない
> のに、店員さんが卵をつけてくれる」みたい
> なのを願っていますよ。そんなのわたしから
> すれば当たり前ですよ。

?
本気でそんなこと願ってます?
信じられない。
それから、この後に書いている、聞くに耐えない発言を読んでも、
なぜ、そんなおかしな考え方があるかどうかで、小説とかアニメ
とか出てくるのでしょう?????? 理解できません。
(それから、小説に比較して、映画やアニメや漫画が劣っている
のでしょうか? わたしはたまたま、小説という表現形式をとって
いますが、同格だと思いますが。また、小説でも「使い捨て」な
ライトノベルも多いと思いますが。)

それから、Kさんに関して思うのは、
わたしがあつしさんに関して言ったことに「大筋で同感していた」
とおっしゃってますね? それなのに、自分に対して言われたら、
「傷ついた!」と言うのですか?
なんか、身勝手だと思うのですが。

それと、わたしの作品にどうこう言ってますけれど、否定的な評価
はいいとして、「どういうところがそう思ったか」を言えないのは、
情けないと思う。
それを言えないということは、他人の作品を読んでも、いいところ
も悪いところも取り入れられない、ということだからです。

「小学生が先生に褒められようと型にはまって書いている絵」ですか?
そうだとしても、テクニックは分析して自分のものにしてほしい。
そのために出したのです。あるいは欠点もそうです。
(歴史的知識を文中にさりげなく埋め込むテクニックや、場面の切り
替えのテクニックや、登場人物が音を聞いたり遠くの風景を見ること
で奥行きを出すテクニック、会話の間のとりかたで実際の会話のスピ
ードに合わせるテクニックなど、それなりに盛り込んでいます。
小学生のテクニックも使ってない人には、特に感じて欲しい。見習え
とはいいません。ただ、「こういうのもアリなんだなあ」と気づくと、
ずいぶん文章が違ってきます。わたしも、他人から発見してとりいれ
たりもしてます。)

わたしの作品が悪いとか幼稚であるとかいうのは構いません。
ただ、どこの部分がそうであったか、きちんとおっしゃってください
ませんか?
もし言えないのなら、逆恨みで、良い面も悪い面もなく、ただ、頭か
ら否定して「どうだイヤな気持ちだろう」というようなことをされて
いるのだと考えさせていただきます。

長くなりましたが、失礼させていただきます。

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  ∧ ∧  砂倉 櫻
(≡^・^≡)sakura-sakura@sakura.email.ne.jp

「小説ほおむぺえじ さくらさくら」
http://www.asahi-net.or.jp/~ee8s-oomr/index.htm

∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬
    

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