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Date: Thu, 16 Dec 1999 21:53:23 +0900
From: きるしぇ <sakura_o@ma3.justnet.ne.jp>
Subject: [bun 00380] 投稿作品「K」
To: bun@cre.ne.jp
Message-Id: <3858E0C3168.C7E5SAKURA_O@ma3.justnet.ne.jp>
In-Reply-To: <005f01bf4751$d85d9d00$55a999d2@fmv>
References: <199912151602.BAA25821@e6.mnx.ne.jp> <005f01bf4751$d85d9d00$55a999d2@fmv>
X-Mail-Count: 00380

投稿作品です。

今、何人かのオンライン作家が集まって「プロジェクトK」という
創作会を開いています。共通のお題で、ショートショート(8KB、
原稿用紙にして11枚〜12枚程度)を書いて批評会をする、と
いうものです。
まだ二回目が終わったばかりで、三回目になろうとしているところ
ですけれど・・・
詳しくは、ここのページ
http://www.asahi-net.or.jp/~ee8s-oomr/projectk.htm
(今までの全エントリー作品が見れます)と、
ここから行ける「共同掲示板」を見て下さい。

みなさんももし良ければ、ご参加ください。
HPがない方でも、主催者の鳴海昌平さんにメールすれば、掲載
してくださいます。
参加せずに批評に来られるのも大歓迎。


今回提出するのは、第1回のわたしの作品。
お題は「K」です。

******************************

 K


「皇帝暗殺未遂を企てた反逆者はその関与の程度の軽重を問わずす
べて検挙せよ。抵抗がはながだしき場合射殺するも可なるが、でき
れば生かしておくこと。処刑は人民裁判のち行われねばならないた
めである。末端に至るまで逃してはならない。 Kの指令による」

 K(カー)は満足げに自分の指令を見た。
「自分の命令をうち消すことができるのは、この国に皇帝陛下しか
おられない」
 この国にはKと同じ程度の政府高官「国家指導者」があと11名
いるが、国家秘密警察を掌握するKに逆らえるものはいなかった。
 13年前、今は皇帝と名乗っている男は、一介の大佐にしかすぎ
なかった。そしてKはその男の部下であった。クーデターは成功し、
皇帝となった上官は、Kを国家秘密警察の長官につけた。そのとき
Kはまだ24歳で、若い中尉であった。名を上げたい、高い地位に
つきたいという気持ちが、向こう見ずな賭をさせ、Kはその賭に勝
ったのであった。

 彼は孤児院で育ち、そのすぐれた知能と体力で士官学校へ入った。
彼は美男子でかつ有能であったが、冷たく、人を信じず、人とうち
とけることがなかった。
 帝国の礼装軍服が非の打ち所なく似合う彼は、見る者に畏怖の年
を感じさせた。
 今でも、37歳の「国家指導者」は最年少であり、人は彼を「若
く美しい、死神のような悪魔」と囁いた。この軍事独裁国家が13
年も存続しているというのも、秘密警察ががっちりと国民の生活を
掌握し、反政府勢力を芽のうちに摘み取っていたからであった。

 Kは、もちろん本名ではない。イニシャルですらない。KがKと
名乗る以前、読んでいたスパイ小説で、主人公のスパイの上官が
「M」と名乗っていたのを見て、自分もそうしようと考えたのであ
る。
 Kは、自分の名前に使われていないアルファベットを選んで、紙
に書きつけると、目をつぶって鉛筆をその紙の上に立てた。鉛筆の
先はKを選んでいた。それ以来男はKと名乗った。
 今や、本名よりKのほうが通るほどである。
 Kの署名と「国家秘密警察長官」の捺印が押された書類に処刑を
予定されたものは、決してその運命を逃れることができなかった。

 国家秘密警察本部の冷たい廊下を、軍靴の音をたてて誰かがやっ
てくる。
「国家長官閣下」
 入ってきた軍服の若い男がかかとをきっと合わせてKに敬礼し、
それから進み出で書類を渡した。
「これが、今度の事件の今までの逮捕者でございます」
「うむ、ごくろう。しばらく外で待っておくように。また指示を出
す」
「はっ」
 若い男は扉の外に出た。

 Kは秘書を使っていなかった。
 自分の命を狙うような物騒な来客は、この建物の入り口で排除さ
れるだろう。Kは自分の所に来る報告はすべて自分の目で確かめて
いた。秘書が間に入って「会わせるべき人間」「会わせないべき人
間」「見せるべき書類」「見せないべき書類」を恣意的に分けるの
をおそれていた。
 自分がざっと目を通してから、それから十数名ほどいるタイピス
トに回したり、あるいは今の若い男のような伝令官に指示を出した。
Kが見てからなので、タイピストにせよ伝令官にせよ書類を握りつ
ぶしたり改変したりすることはできなかった。
 Kは、誰も信用していなかったのである。

 Kは、男の持ってきた書類に目を通した。
 今回の皇帝暗殺未遂事件は、あぶないところで未遂に終わった。
皇帝の演説会場に爆弾がしかけられ、危ういところで皇帝を爆死さ
せるところであった。しかし、到着の延滞という偶然が皇帝の命を
救った。時間通りに着いていれば、皇帝の命はなかったことであろ
う。皇帝の代わりに時間のばしの演説をしていた将軍が犠牲になっ
た。
 
「あぶないところだった」
 皇帝が死んだら、たちまちこの体制はひっくりかえるだろう。こ
の体制がひっくりかえったら、自分もただでは済まないだろう、と
Kは思った。何せ、国家秘密警察は国民のいちばんの憎まれ者だか
らだ。
 どんな奴がクーデターを起こすとしても、この国では同じような
秘密警察が置かれることだろう―――自分たちがクーデターを起こ
したときのように。自分もまた、前の体制の秘密警察を引き継いで
トップに座ったのだから。何人かは粛清したが、だが下っ端の職員
はみな同じである。秘密警察の有能な職員が職を失うことはありえ
ない。問題は、トップである自分である。クーデターを起こされた
ら、まず自分は命を失う。

 Kは書類をばらばらめくっていた。
 正義を標榜しているが、もし権力を掌握したら自分たちと同じ事
をしようとかんがえている、むこうみずな欲ボケたちのツラを眺め
た。こいつらを銃殺刑にするのはいともかんたんなことだ。
「愚かな国民よ」
 Kは自国の国民のことをそう思った。どんなにあがいても、結局
は同じような軍事独裁国家体制を選んでしまう因果な国民だと思っ
た。結局見る目がないのである。国民は政府に不満を持っている。
しかしそれを生産的に解決する方法を知らない。
 誰かがクーデターを起こすと、国民はそれに乗る。クーデターが
成功すると前の独裁者は処刑されるが、結局同じような独裁者が立
ってしまう。国民は秘密警察を嫌い抜いている。クーデターが成功
すれば、前の秘密警察長官が処刑されるが、結局秘密警察は残って
しまう。

 しかしKはそのとき、書類の中のひとりに目をとめた。
 それはある中年女だった。尼僧であった。
 Kは、彼女だけは助けたいと思った。
 その女は、Kが孤児院にいたとき、孤児の世話をしていた尼僧で
あった。尼僧たちのほとんどは、貧しい孤児たちの世話を喜んでし
ているとは言えなかった。特に、人を信用しない目つきで頭だけは
一人前であった少年時代のKは、一番嫌われていた。しかしこの女
だけは子供たちを愛し、Kにも優しく接してくれた。
 尼僧たちは、Kを、冷たく叱るような口調で、しかも姓を呼びつ
けた。名前を優しく呼んでくれたのは、この女だけであった。士官
学校に入れたことを我が事のように喜んでくれたただ一人の人だっ
た。

 女は、残念なことに「皇帝暗殺未遂事件」に関与している確たる
証拠があった。孤児たちを分け隔てなく愛した人である、今の体制
の「少数民族弾圧政策」に反対してのことらしかった。
「だが、実行グループに隠れ場所を提供しただけか、これならまあ、
命は助けてやれるな」
 Kはそう思った。すばやく書類をいく通りかに分けて呼び鈴を鳴
らした。ドアの外で待っていたさっきの若い男が、また入ってきた。
「これが実行犯グループだ。こいつらは公開処刑にせよ。このグル
ープは深い関与があった者たちだ。尋問の上銃殺にせよ。これら
の者は重要な働きはしていないから、強制労働。」
 それからKは、最後のグループの書類を出して言った。
「これらの者は女でもあるし、ただ同情心からやったことであろう。
よく尋問の上、それ以上の余罪がなければ釈放してやるように」
 むろん、最後のグループに例の尼僧を入れた。自分の個人的な係
累から甘く判断したと思われないように、関与の少ない女を数名、
同じように「釈放」のほうに振り分けた。
 若い男はふたたびかかとをきっと合わせ、Kの執務室を出ていこ
うとした。

 そのとき。
 また別の伝令官がやってきた。
「国家長官閣下」
「何だ」
「皇帝陛下から直々のお達しです」
 伝令官は書類を渡した。そこにはこうあった。
「余の命を狙った毒虫どもをすべて殲滅せよ。実際に爆弾をしかけた
者のみならず、爆弾の材料を調達した者、彼らを匿った者、連絡とり
もった者などすべて死罪にせよ。例外は作ってはならぬ」
 Kはそこに、自分には逆らうことのできない、皇帝の直筆の署名を
見た。

「まて」
 Kが呼び止めたのは、最初の伝令官であった。
「先の命令は撤回する。全員、死刑だ。最初のグループは公開処刑で、
のこりの者を銃殺刑にするように」
 二人の伝令官は、敬礼をして執務室を出た。
 冷たい廊下に響く靴音が去っていった。

 Kは、これで、自分がKになる前に名前を知り、名前を呼んでくれ
た人間がこの世から一人もいなくなることに気がついた。
 もちろん妻は自分の名前を呼んでいた。ただ、妻は皇帝の娘のひと
りで、自分がKになってから知り合った人間である。そのほかの知人
も同様であった。
 そのことに感傷を抱いてもしかたがなかった。もうKはKであるこ
とを辞めることはできなかった。Kの存在基盤である皇帝とこの国家
体制をひたすら維持することしかできなかった。

「この国は貧しい」
 Kはそう独り言をつぶやいた。
 人を差別せず愛した尼さんが死んで、孤児に冷たく辛くあたるよう
な尼どもがのうのうと生きているのだろう、と思った。そしてその孤
児院の中に、20年程前の自分と同じように、飢えた目をした少年が
いて、その中には自分と同じように野心を遂げる者がいるだろう、と
思った。
 そしてまた同じような独裁体制の一員となり、また同じように国を
貧しくする命令を下すのだろう、と思った。
 ―――この国は永遠に貧しいままだろう。
 Kにできることは、自分が生きている間、自分に有利なこの体制が
維持されるよう努めることだけであった。
 Kは、誰も信用していなかったのである。自分自身さえも。

 −終−




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  ∧ ∧  砂倉 櫻
(≡^・^≡)sakura-sakura@sakura.email.ne.jp

「小説ほおむぺえじ さくらさくら」
http://www.asahi-net.or.jp/~ee8s-oomr/index.htm

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