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Date: Thu, 16 Dec 1999 21:53:18 +0900
From: きるしぇ <sakura_o@ma3.justnet.ne.jp>
Subject: [bun 00379] 投稿作品「雨の男」
To: bun@cre.ne.jp
Message-Id: <3858E0BE50.C7E3SAKURA_O@ma3.justnet.ne.jp>
In-Reply-To: <005f01bf4751$d85d9d00$55a999d2@fmv>
References: <199912151602.BAA25821@e6.mnx.ne.jp> <005f01bf4751$d85d9d00$55a999d2@fmv>
X-Mail-Count: 00379

三本目の投稿です。


これも、「プロジェクトK」参加作品です。
(このメールから先にお読みの方、投稿作品「K」というメールを
お読みください。)

お題は「雨(秋雨)」で書きました。
枚数制限のせいで、かなり圧縮してしまった作品です。
今後、書けなかったシーンなど書き足してまた書きたいと思ってい
ます。

******************************

雨の男


緋佐子
十一月になって急に寒くなったね体を壊さないよう気をつけろよ、
それともほかの男を見つけてそいつに温めてもらってるのか雌犬め!
いいかげん返事をしたらどうだ!・・・ごめんこんなこと行って、
君のこと考えるだけで一日が過ぎちゃうんだ、あの夏の日を思い出
さない日はない、あの夕立がなかったら俺たちは尻合うこともなか
ったんだ、今も雨が振ってるねこの同じ雨君も見てるかと思うと雨
にさえ濃いしてしまうよ、あのときのやさしい緋佐子になってくれ
よ今日も舞ってるよ
                          りょう

緋佐子
さっきのメール雨にさえ濃いしてしまうは雨にさえ恋してしまうの
間違いだ
                          りょう

 堀内緋佐子は、毎日届くりょうからのメールに悩まされていた。
メールの通数もそうだったし、内容も、べた一面改行もなく切々と
自分の思いだけをぶちまけたりそうかと思うと罵ったり、しかも誤
字だらけである。

 会社のパソコンのメーラーが自動的に新着メールを知らせる。ま
ただ。

緋佐子
また誤字をみつけちゃった俺って馬鹿だな最後の舞ってるは待って
るの間違いもちろん君なら分かってくれてると思うけど、今君の会
社の前に待ってるよモバイルでメール送ってる
                          りょう

 自宅へのメールは、メーラーの設定で受け取らないようにできた。
問題は会社宛のメールだ。会社のメーラーは自分で削除できないよ
うになっていた。また仕事のメールも入るので受信しないわけには
いかない。それに、メールだけなら削除していればいいが、りょう
は最近自分の帰りを会社の通用門で待ちかまえているのだった。

「あら、あの人また来てるわ、真っ赤なバラの花束抱えてる。緋佐
子モテるもんねー美人だから」同僚の三田さなえが窓からひょっと
外を見、緋佐子に近づいてきてからかい調子で言う。
 緋佐子は怒った顔で早苗を見上げる。
 りょうが会社の門にまで現れるようになってから二週間くらい経
ったころ、さなえに相談したことがある。

「だって自分だって勤めてるのに、四時半くらいになったら毎日女
のために早退するような男をいいと思う?」アフターファイブの喫
茶店で、緋佐子はさなえに言った。
「だってえ、それって絶対熱意の現れよ」
「じゃあ、さなえだったらつきあうの?」
 さなえは、にたにたして空になったスティックシュガーの紙袋を
もてあそびながら、その問いには答えなかった。
「でも、緋佐子には似合ってる人じゃないかしら、ほら、けっこう
ハンサムだし、今日だってずーっと待っててくれたのに、正門から
出てやりすごすなんてかわいそうだったわ」
 そのとき、緋佐子は、入社以来ずっと友達だと思っていたさなえ
が、本当は敵だったのだと思い知った。
 本当は「まずい男だ」と思っているくせに、その男とつきあえと
しつこく言うさなえをそれ以来見限った。

 緋佐子は孤独だった。りょうのストーカー行為を誰にも相談でき
なかった。
 りょうと知り合ったのがお盆明けで、彼が電話や電子メールでの
ストーカー行為を始めたのが、九月に入ってすぐのことだった。な
ぜか会社に電話はしてこなかった。もし会社にしつこく電話して迷
惑をかければ、相談しやすかったろう。その点、りょうは知能犯で
あった。
 自宅へは、電話番号を変えたことでかからなくなったが、今度は
緋佐子の退社時に待ちかまえているようになった。これも、会社の
受付で会わせろと騒ぎでも起こしてくれたら、被害を訴えやすいの
だが、門の外で忠犬ハチ公みたいに待ってられるので、上司からも
「堀内くんはずいぶんもてるんだねえ」と冷やかされる始末。

 またパソコンが新着メールを知らせる。やっぱりりょうからだ。

緋佐子
あと十七分で退社時間だね俺は待ちきれないよ、さっき君のいる3
Fの窓から女の子が俺の方見て一瞬君かと思って嬉しかったけど君
じゃなかった、ガックン、一寸窓からみてくれよ君の名前とおなじ
緋色の薔薇を持ってきたきっと喜んでくれるね
                          りょう
P.S.今回は誤字脱字ないか調べてから出したよ

 緋佐子はむなくそ悪くなってメールを削除した。

 緋佐子が、誰にも相談できなかったのは、負い目があるからだ。
 あんなことさえしなければ。
 緋佐子は、「ハンサム」というさなえのことばを苦々しく思い出
す。
 そう確かに、りょう―――井上亮と言うが―――は、ハンサムだ
った。そして緋佐子は、ひと夏の恋、ひと晩の恋のつもりでりょう
と寝た。
 りょうは次の日「つきあってくれ」とか「君こそ俺が探していた
女性だ」とか言ったが、そのまま別れてしまった。
 「ひさこ」という名前しか教えなかったのだが、おそらく自分が
眠っている間に、バッグでも調べて本名や会社や電話番号やメール
アドレスなど全部調べたらしい。

 誰かに相談したとしても「あなたが軽率だからだ」と言われるに
違いない、そう思うと緋佐子は誰にも相談できなかった。
 特にさなえには絶対、りょうと知り合った本当のいきさつは話せ
なかった。この前喫茶店で相談したときは、「夏休みにちょっと知
り合った男の人」としか言っていない。
 緋佐子は、あらためて自分の交友範囲の狭さを思い知らされた。
本当に困っている時に相談できる人間がいないのだった。

 またメールの着信音。

緋佐子
あと六分で大赦時刻だね、そういえば薔薇だけじゃない君にプレゼ
ントがあるんだ、インターネットって便利だね最近はこんなものま
で変えるなんて、薔薇といっしょに君にあげるよ、君はいつも俺の
こと焦らして俺の腕からすりぬけるけれどこれがあれば絶対君は俺
のそばにいるだろう君と尻合った運命の日とそっくりなこの空模様
だもの、今まで知らなかった二人がたまたま同じ日に休暇をとって
同じ海岸で出会って、しかも普段住んで勤めているのが東京だなん
て運命だよ、君を離さない
                          りょう

 緋佐子は気が狂いそうな気がした。りょうのプレゼントなど、お
そらくとても嫌なものだろう、と思った。バラの花束のような素敵
なものであったとしても、気持ち悪いとしか思わないだろう。

 りょうが「運命の日」と言うあの日、確かに雨が降っていた。だ
が、その雨は夏の終わりの夕立だった。今日のような、ぐずぐずと
降っては小やみになり止むかと思えばまたしとしと降りだす、秋雨
ではなかった。
 今年は、緋佐子は夏休みをシーズンにとれなかった。お盆明けに
とれた休暇で、ひとり、誰もいない海岸に出かけた。
 そこで夕立に遭った。激しい雨だった。雨宿りができるようなと
ころを探すだけでずぶぬれになり、さらに道路を横切ってお店の軒
下にかけこもうとしたとき転んで、側溝にはまった。
「大丈夫ですか?」
 そのとき、手をさしのべたのが、りょうだった。はっきり言って、
緋佐子好みの顔の男だった。
 この町には、わたしを知る人は誰もいない。
 そういう考えが緋佐子を大胆にした。
 服を乾かしたい、というのを口実に、緋佐子は男をホテルに誘っ
た。
 次の日、「雨が上がったから、さよならするわ」と言って別れた。
男は「俺を置き去りにしないでくれ」ととりすがったが、緋佐子に
はそれ以上つきあう気はなかった。
 夕立のように一過性で終わる恋のつもりだった。しのつく秋雨の
ようにしつこくされるとは緋佐子は思っていなかった。
 もっとはっきり言えば、最初一目見たときは「さわやかそう」に
見えたものが、ひと晩一緒にいると、ちょっとウェットでしつこい
ところがあるかな、という気がしたのだった。
 そう、感情的でも怒りっぽくても、夕立のようにあとはからりと
晴れるのならいいのだ。秋雨では困る。

 退社時間のチャイムが鳴った。
 同時にまたメールが着信する。緋佐子はちらりとメールを見る。

緋佐子
終業時刻だねお疲れ様君が出てくるかと思うと――

 緋佐子はもう最後まで見なかった。ウインドウズを終了させずに
パソコンのスイッチをぶち切った。
 緋佐子は、会社を出たくなかった。他の誰かと一緒のときにバラ
の花束なんか差し出されたくなかった。
「お先ー」さなえがにたにたした顔でこちらの様子をうかがいなが
らオフィスを出た。緋佐子はそれだけで絶望的な気分になった。

 緋佐子はこっそりと正門の方に回る。本当は正門は正式の賓客の
ための門で社員は使ってはいけなかったが、受付の女の子に簡単に
事情を話して出してもらっていた。
 正門は静かで、ただ雨が降っているだけだった。
 ―――よかった、こっちにはいない。
 緋佐子は明るい気分で帰途につく。
 ところが。
 地下鉄の出入口の前に、緋色のバラの花束を抱えた男がすぶぬれ
になって立っていた。りょうだった。
 緋佐子は立ちすくんだ。
「緋佐子ぉー。君っていつも俺をまいちゃうから、門の方で待って
ると君に思わせておいてこっちで待ってた。うふふ俺って知能犯」
十メートルほど離れた緋佐子に聞かせようと、所構わない大声で
りょうは続ける。
「緋佐子ぉー、さあ約束のバラの花束だよ、受け取りに近づいてく
れよ」
 しかし、りょうは大きな花束の下に何かを隠し持っていた。何で
あるかは分からなかったが、緋佐子は直感的に危険を感じた。
「緋佐子ぉー、来てくれよぉ」りょうの目は座っていた。
 緋佐子は傘を投げ出しきびすを返して走り出す。
「緋佐子ぉー、置いてかないでくれよー」男も彼女の後を追って走
り出した。
 横断歩道の信号が点滅している。緋佐子は走って向こう側に渡っ
た。タクシーが走ってくるのが見えた。まるで交通整理でもしてい
るかのように、緋佐子は立ちふさがってタクシーを止めた。
 幸い、タクシーは空だった。
「お願い、あの男に追われてるの、乗せて!」
 間一髪、緋佐子は座席に座り込む。
「緋佐子ぉー、行かないでくれ、行っちゃうなら……」
 緋佐子はドアをこじあけようとするりょうを無理矢理押し出した。
その後のことばは、ドアが閉まったので聞こえなかった。
「とりあえずまっすぐ、全速力で行って!」緋佐子は運転手に言い、
ちらりと後ろを見た。そしてその瞬間、恐怖に凍りついた。
 りょうは、花束を投げ捨てるとその下に持っていたピストルを構
えた。そして車道に仁王立ちになり、こちらに銃口を向けて乱射し
始めた。 
 タイヤに弾が当たったか、タクシーはスリップし、回転してガー
ドレールに激突した。

 緋佐子は意識を取り戻した。大けがをしているらしく体がひどく
痛んだ。横目で見ると車内はめちゃくちゃで運転手は血まみれで動
かない。
 とりあえず出なければ、と思ったとき、ドアがこじあけられた。
りょうだった。ぐちゃぐちゃになった緋色のばらの花束を差し出し、
言う。
「緋佐子ぉー。君は俺をまた置き去りにしようとした、それだから
いけないんだ。前、俺を置き去りにしたとき、言ったよな、雨が上
がったからさよならだ、って」
 緋佐子は、もう動けなかった。りょうの目に狂気を認めたが、ど
うしようもなかった。
「緋佐子ぉー、じゃあ今日みたいに、雨が続いていればずっといて
くれるんだよな?」
 緋佐子は首を横に振ろうとした。しかし、首に力が入らなかった。
首は、まるで自分のものではないかのように、がっくりと一度、胸
の方に動いたっきりだった。
「緋佐子ぉー、とうとう俺のそばにいてくれるんだね!」
 りょうのその嬉しそうな声が、緋佐子の聞いた最後の言葉だった。

 − 終 −


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  ∧ ∧  砂倉 櫻
(≡^・^≡)sakura-sakura@sakura.email.ne.jp

「小説ほおむぺえじ さくらさくら」
http://www.asahi-net.or.jp/~ee8s-oomr/index.htm

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